何も起きない数日
既読がついてから、
何も起きなかった。
返事は来ない。
通知も鳴らない。
それなのに、花帆の一日は、
少しだけ変わってしまった。
朝、目が覚めると、
まずスマホの位置を確かめる。
見ないと決めているのに、
置いてある場所を確認するだけで、
胸がざわつく。
朝食の支度をしながら、
画面が光らないか、無意識に気にしている。
鳴らない。
わかっている。
来ないと、わかっている。
それでも、
ふとした瞬間に期待してしまう。
――今日こそ、来るかもしれない。
昼休み。
誰もいない休憩室で、
そっとスマホを見る。
変わらない画面。
何も増えていない。
「……だよね」
小さく笑って、
自分をごまかす。
営業トークだった。
仕事だった。
そう言い聞かせるたびに、
胸の奥が、少しずつ重くなる。
夜。
誠はいつも通りで、
子供たちも、いつも通り。
平和な食卓。
変わらない日常。
それなのに、
自分だけが、取り残されている気がした。
布団に入ってからも、
スマホは伏せたまま。
見なければ、
期待しなければ、
元に戻れる。
そう思っていた。
でも、戻れない。
既読がついたことで、
「つながった気がした」自分が、
確かにいたから。
――こんなに揺らいでちゃ、だめだ。
天井を見つめながら、
花帆は、ゆっくり息を吐く。
私は、妻で、母で、
この生活を選んできた。
誰かの一言で、
こんなふうになるなんて、
おかしい。
わかっている。
わかっているのに。
何も起きない数日が、
こんなにも長い。
期待してしまう自分に、
落ち込み、
情けなくなり、
それでも、心は完全には戻らない。
「……ちゃんとしなきゃ」
声に出すと、
少しだけ、現実に引き戻される。
スマホを引き出しにしまう。
しばらく、見ない。
そう決めた。
既読がついただけで、
これ以上、心を持っていかれないように。
そう、思った。
――思った、だけだった。




