既読
家の中が、すっかり静かになっていた。
誠の寝息が、規則正しく聞こえる。
子供たちの部屋からは、もう何も音がしない。
花帆は、布団の中で目を閉じたまま、
スマホの存在を意識していた。
――今日は見ない。
そう決めていた。
これ以上、自分の気持ちを揺さぶりたくなかったから。
それなのに。
ほんの出来心だった。
時間を確認するだけのつもりで、
画面をつけただけ。
その一瞬で、目に入った。
既読。
文字は小さく、
色も変わらない。
でも、それだけで、
胸の奥が、はっきりと鳴った。
――見たんだ。
それ以上の意味は、ないはずなのに。
返事は、ない。
文章も、続きも。
ただ、
見た、という事実だけが残っている。
スマホを握る手に、
少しだけ力が入る。
期待しちゃだめ。
ここで何かを期待する資格はない。
そう、わかっているのに。
――今、あの人は、
――何を思ったんだろう。
考えてしまう。
送ってしまったあの一文を、
どう読んだのか。
誰として、読んだのか。
客として?
それとも――。
「……だめだ」
小さく、つぶやく。
返事が来ていない現実に、
少しだけ安堵する自分がいる。
同時に、
来ないことに、
はっきりとした落胆もある。
その両方が、
自分の中にあることが、苦しい。
スマホを伏せる。
でも、もう知ってしまった。
見た。
読まれた。
それだけで、
花帆の中の何かが、
一歩、進んでしまった気がした。
天井を見つめながら、
誠の寝息を聞く。
選ぼうとした現実。
触れられなかった距離。
それでも、
心は、確かに揺れている。
既読。
たった二文字が、
こんなにも重いなんて、
花帆は知らなかった。




