触れ方がわからない
リビングから、子供たちの笑い声が聞こえていた。
テレビゲームの音と、
それに混じる誠の声。
「ほら、次お前の番だろ」
いつもの休日。
何も特別じゃない光景。
花帆はキッチンで洗い物をしながら、
その様子を横目で見ていた。
――いい家族だな。
そう思う。
本心から。
不満があるわけじゃない。
壊したいわけでもない。
それなのに、胸の奥がざわつく。
ゲームが一区切りついたのか、
息子が誠に向かって手を上げた。
「ナイス!」
誠も笑って、
迷いなくその手に応じる。
乾いた音。
軽いハイタッチ。
娘も続いて、
同じように手を伸ばす。
その流れを、
花帆は、ぼんやりと見ていた。
――今なら。
何気なく。
自然に。
「おつかれさま」みたいな顔で、
手を上げればいいだけ。
夫婦じゃなくて、
家族の一人として。
そう思ったのに。
誠がこちらを見る。
「花帆もやる?」
冗談みたいな軽い声。
その一言で、
体が、かたくなる。
笑ってごまかすことはできた。
「いいよ」と首を振ることも。
でも、
手を上げることだけが、できなかった。
「……ううん」
自分でも驚くくらい、
小さな声。
誠は深く考えず、
「そっか」と笑って、また子供たちの方を向いた。
それで、終わり。
誰も気づかない。
誰も困らない。
洗い物の水音が、
やけに大きく聞こえる。
――触れられなかった。
それだけのことなのに、
胸が、じくじくと痛む。
夜。
子供たちが先に眠り、
リビングの明かりが落ちる。
誠はソファでうたた寝をしていた。
テレビの光が、
規則正しく上下する胸を照らしている。
毛布を持っていく。
それは、いつものこと。
そっとかけて、
そのまま立ち去ろうとして――
花帆は、少しだけ立ち止まった。
腕。
肩。
この距離。
触れる理由は、いくらでも作れる。
「寒くない?」
「ちゃんと寝なよ」
でも、
言葉も、手も、出ない。
もし、触れて、
何も返ってこなかったら。
その想像が、
足を床に縫いとめる。
結局、
毛布を直すだけで終わった。
寝室に戻り、
布団に入る。
隣に来る誠の気配を待ちながら、
天井を見つめる。
――どうしたらいいんだろう。
触れたいのに。
触れ方が、わからない。
日常の中なら、
自然にできると思っていた。
でも、できなかった。
「……」
小さく息を吐く。
スマホが、枕元にあるのがわかる。
画面を見なくても。
今日は、見ない。
そう決めていた。
それなのに、
手が、少しだけ動く。
触れようとして、
やめた。
今日も。




