選ばないまま、夜になる
洗濯物を畳み終えて、リビングの時計を見ると、もう二十一時を過ぎていた。
一日はちゃんと終わったはずなのに、どこか取り残されたような感覚が残っている。
ソファに腰を下ろして、何気なくスマホを手に取る。
画面を開いて、閉じる。
また開いて、閉じる。
用もないのに指が動くのは、癖みたいなものだと思っていた。
けれど最近は、その癖がどこへ向かおうとしているのか、自分でもわかってしまう。
リオの名前は、連絡先に残っている。
消してしまえば楽なのかもしれない。
そう思って画面を見つめるけれど、結局、何もできずにスマホを伏せた。
――連絡しない。
――踏み込まない。
そう決めたのは、自分だ。
キッチンでは、食洗機が小さな音を立てている。
その音を背中に感じながら、花帆は深く息を吐いた。
「疲れた……」
声に出すと、思った以上に弱々しく聞こえて、苦笑する。
寝室に行くと、誠はもう眠っていた。
仰向けで、いつものように静かな寝息を立てている。
仕事で疲れているのだろう、眉間にうっすらとしわが寄っていた。
花帆は、ベッドの端に腰を下ろし、しばらくその顔を見つめる。
嫌いになったわけじゃない。
大切じゃなくなったわけでもない。
むしろ、その逆だ。
だからこそ、どうしていいかわからない。
そっと手を伸ばす。
誠の腕に触れようとして、指先が空中で止まる。
触れてしまったら、何かが変わってしまう気がした。
でも、触れなければ、このまま何も変わらない気もする。
結局、花帆はその手を引っ込めた。
胸の奥に、小さな空洞ができたみたいだった。
ベッドに横になり、誠との距離を少しだけ詰める。
くっついている、と言うには心もとない距離。
それでも、以前よりは確かに近い。
誠は身じろぎ一つしない。
気づいていないのか、気づいていても何も思わないのか。
どちらなのか考えるのが、少し怖かった。
目を閉じると、ふとカフェの光景がよみがえる。
向かい合って座ったテーブル。
穏やかな声。
まっすぐ向けられた視線。
――あれは、一時間だけの時間。
――現実じゃない。
そう言い聞かせても、心は勝手に反応してしまう。
花帆は布団の中で、小さく身を丸めた。
誰も悪くない。
それなのに、こんなにも苦しい。
選ばないまま、夜が更けていく。
答えを出さないことが、こんなにも疲れるなんて知らなかった。
誠の寝息を聞きながら、花帆は思う。
このまま、どこにも行かずにいられるだろうか。
何も選ばずに、何も失わずに。
――そんな都合のいい場所が、あるのだろうか。
その問いに答えが出ないまま、
花帆は静かに目を閉じた。




