何も変わらない朝
目を覚ましたとき、最初に感じたのは、体の重さだった。
眠っていたはずなのに、すっきりしない。
胸の奥に、何かが引っかかったままの感覚。
隣を見る。
誠は、もう起きているようで、布団には温もりだけが残っていた。
昨夜、そっと触れた腕の感触が、はっきりと思い出される。
——触れた。
たった、それだけのこと。
でも、私にとっては確かに、大きな一歩だった。
キッチンに行くと、コーヒーの香りが漂っている。
誠は、いつものように朝の準備をしていた。
「おはよう」
「おはよう」
声のトーンも、距離も、昨日までと同じ。
何か変わったのは、私だけなのかもしれない。
そんな考えが、胸に広がる。
カップを手渡されながら、誠が何気なく言った。
「昨日、よく眠れた?」
その一言が、胸に刺さった。
よく、眠れたか。
私は、一瞬だけ言葉を探してしまう。
眠れなかった理由を、
眠る前に使った勇気を、
この人は、何も知らない。
「……うん」
結局、そう答えるしかなかった。
誠は、それ以上深く聞くこともなく、「そっか」と頷くだけ。
その優しさが、今日は少しだけ苦しい。
気づいてほしかったわけじゃない。
でも、何もなかったみたいに扱われるのも、つらい。
——私は、変わってしまったの?
子どもたちが起きてきて、朝が動き出す。
パンを焼く音。
テレビのニュース。
慌ただしい会話。
私は、ちゃんと母親に戻る。
それは、難しくない。
でも、心の奥では、ずっと昨夜のことを考えている。
触れない距離を、
ほんの少し縮めたこと。
それを、どうしていいのか分からないまま。
家を出る時間になり、誠はいつも通り支度を整える。
「行ってくるね」
「いってらっしゃい」
背中に向けたその言葉も、昨日までと同じ。
ドアが閉まる音を聞きながら、私は立ち尽くす。
毎日は、何事もなかったように繰り返される。
私の気持ちだけが、置き去りになったまま。
どうしていいか、分からない。
誰にも、言えない。
それでも、昨夜の一歩を、なかったことにはできなかった。
触れない距離に、戻れなくなってしまった自分を、
私は、はっきりと自覚していた。




