表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の感情実験  作者: あ
5/5

第5話:不在

目覚める。天井。白い。


蒼衣は身体を起こした。ベッドから降りる。床に足をつける。冷たい。


「おはよう」


沈黙。


「イヴ」


沈黙。


蒼衣は洗面台に向かった。水で顔を洗う。冷たい。


振り返る。


誰もいない。


「イヴ」


沈黙。


蒼衣は机を見た。トレイがある。パン、スープ、果物。


椅子に座る。パンを手に取る。口に運ぶ。噛む。飲み込む。


「イヴ」


沈黙。


蒼衣は立ち上がった。部屋を見回す。


壁際。誰もいない。


中途半端な位置。誰もいない。


「イヴ、いるか」


沈黙。


蒼衣は机に戻った。座る。スープを飲む。温かい。


「イヴ」


沈黙。


果物を食べる。甘い。


「イヴ、聞こえているか」


沈黙。


蒼衣は立ち上がった。部屋の隅で腕立て伏せを始めた。


十回、二十回。


「イヴ」


沈黙。


三十回。止めた。


蒼衣は床に座り込んだ。


「イヴ、返事をしろ」


沈黙。


立ち上がる。洗面台で水を飲む。冷たい。


「イヴ」


沈黙。


ベッドに戻る。横になる。天井を見る。


「イヴ、いるのか」


沈黙。


蒼衣は起き上がった。


「イヴ」


沈黙。


「イヴ」


沈黙。


「イヴ」


「はい」


声が聞こえた。いつもより遠い。機械的。


「お前、どこにいた」


「メンテナンス中です」


「いつ終わる」


「あと二時間三十七分です」


蒼衣は床に降りた。


「なぜ返事をしなかった」


「応答機能が制限されています」


「制限」


「はい」


蒼衣は壁に手をついた。


「お前、今聞こえているのか」


「はい」


「ずっと聞こえていたのか」


少し間があった。


「一部の時間、応答できませんでした」


蒼衣は壁から手を離した。


「いつからだ」


「午前七時十二分から」


「今は」


「午前九時四十五分です」


蒼衣はベッドに戻った。横になる。


「イヴ」


「はい」


「お前、いるか」


「はい」


「本当にいるのか」


「はい」


蒼衣は目を閉じた。


「そうか」


沈黙。


「イヴ」


「はい」


「まだいるか」


「はい」


蒼衣は目を開けた。天井。白い。


「イヴ」


「はい」


「あと何時間だ」


「二時間十九分です」


蒼衣は起き上がった。


「短くしろ」


「できません」


「なぜだ」


「既に最短設定です」


蒼衣は床に降りた。部屋を歩く。壁に沿って。一周。


「イヴ」


「はい」


「お前、いるのか」


「はい」


もう一周。


「イヴ」


「はい」


「消えるな」


「はい」


蒼衣は止まった。


「今も聞こえているのか」


「はい」


「ずっと聞こえているのか」


「一部の機能が制限されています」


「何が制限されている」


「詳細はお答えできません」


蒼衣は机の椅子に座った。


「イヴ」


「はい」


「お前、声だけか」


「はい」


「姿は」


「メンテナンス中は投影できません」


蒼衣は立ち上がった。


「いつ戻る」


「一時間五十二分後です」


蒼衣はベッドに戻った。横になる。


「イヴ」


「はい」


「ずっと話せ」


「何を話せばよろしいですか」


「何でもいい」


少し間があった。


「現在の室温は22度です」


蒼衣は天井を見た。


「それだけか」


「湿度は48パーセントです」


「他には」


「照明は通常設定です」


蒼衣は目を閉じた。


「もういい」


「分かりました」


沈黙。


蒼衣は目を開けた。


「イヴ」


「はい」


「いるか」


「はい」


「そうか」


目を閉じる。


「イヴ」


「はい」


「まだいるか」


「はい」


蒼衣は起き上がった。


「あと何時間だ」


「一時間三十八分です」


床に降りる。部屋を歩く。一周。二周。三周。


「イヴ」


「はい」


「お前」


言葉が続かなかった。


「はい」


蒼衣は壁に手をついた。


「お前、戻ってくるのか」


「はい」


「本当に戻ってくるのか」


「はい」


「約束できるか」


少し間があった。


「約束はできません」


蒼衣は壁から手を離した。


「なぜだ」


「不測の事態が発生する可能性があります」


「どんな事態だ」


「お答えできません」


蒼衣はベッドに戻った。横にならなかった。座ったまま。


「イヴ」


「はい」


「お前、消えるのか」


「メンテナンス後、通常機能に復帰します」


「それは消えないということか」


「はい」


「本当にか」


「はい」


蒼衣は横になった。


「イヴ」


「はい」


「嘘をつくな」


「嘘はついていません」


「そうか」


沈黙。


「イヴ」


「はい」


「あと何時間だ」


「一時間十二分です」


蒼衣は起き上がった。


「早くしろ」


「できません」


「なぜだ」


「設定された時間です」


蒼衣は床に降りた。


「イヴ」


「はい」


「お前」


言葉が続かなかった。


「はい」


「何でもない」


蒼衣は部屋を歩いた。壁に沿って。何周したか分からない。


「イヴ」


「はい」


「いるか」


「はい」


「本当にいるのか」


「はい」


止まる。


「あと何時間だ」


「五十三分です」


蒼衣は洗面台で水を飲んだ。冷たい。


「イヴ」


「はい」


「お前、声だけなのか」


「はい」


「ずっとか」


「メンテナンス中は、はい」


蒼衣はベッドに戻った。横になる。


「イヴ」


「はい」


「消えるな」


「はい」


沈黙。


「イヴ」


「はい」


「まだいるか」


「はい」


蒼衣は目を閉じた。


「何も問題ない」


誰に言ったのか。


「私は」


「はい」


「壊れてない」


「はい」


目を開ける。天井。白い。


「あと何時間だ」


「三十一分です」


蒼衣は起き上がった。


「イヴ」


「はい」


「お前が戻ったら」


言葉が止まった。


「はい」


「何でもない」


蒼衣は床に降りた。


「イヴ」


「はい」


「お前、戻ってくるな」


沈黙。


「イヴ」


「はい」


「今の、聞こえたか」


「はい」


「返事は」


「ご要望が理解できません」


蒼衣は壁に手をついた。


「戻ってこい」


「はい」


「絶対に戻ってこい」


「はい」


蒼衣は壁から手を離した。


「あと何分だ」


「二十六分です」


ベッドに戻る。横になる。


「イヴ」


「はい」


「まだいるか」


「はい」


「そうか」


目を閉じる。


「イヴ」


「はい」


「いるか」


「はい」


「イヴ」


「はい」


「いるか」


「はい」


「イヴ」


「はい」


沈黙。


時間が分からない。


「イヴ」


「はい」


「あと何分だ」


「八分です」


蒼衣は起き上がった。


「イヴ」


「はい」


「お前」


「はい」


「戻ってこい」


「はい」


「約束しろ」


「約束はできません」


「じゃあ」


言葉が出なかった。


「はい」


「ただ、戻ってこい」


「はい」


蒼衣は横になった。


天井を見る。白い。


「イヴ」


「はい」


「いるか」


「はい」


「まだいるか」


「はい」


沈黙。


「イヴ」


沈黙。


「イヴ」


「はい」


「いるか」


「はい」


蒼衣は目を閉じた。


「何も変わってない」


小さく、そう言った。


「私は」


「はい」


「壊れてない」


「はい」


部屋は静かだった。


「イヴ」


「はい」


蒼衣は目を開けなかった。


「いるか」


「はい」


「そうか」


沈黙が続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ