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箱庭の感情実験  作者: あ
3/5

第3話:距離

目覚める。

天井。白い。


蒼衣は身体を起こし、ベッドから降りた。

床に足をつける。

冷たい。


「おはようございます」


イヴの声。

いつもの場所。

壁際。


蒼衣は答えなかった。

洗面台に向かう。

水で顔を洗う。

冷たい。

鏡を見ない。


振り返ると、机にトレイが置かれていた。

パン、スープ、果物。


椅子に座る。

パンを手に取る。


「よく眠れましたか」


蒼衣は一口齧った。

飲み込む。


「黙ってろ」


イヴは黙った。


スープを飲む。

温かい。

果物を食べる。

甘い。


食べ終わると、トレイが消えていた。


蒼衣は立ち上がり、部屋の隅で腕立て伏せを始めた。

十回、二十回。


腕が震えた。

三十回で止めた。


イヴは壁際に立っていた。


蒼衣は床に座り込んだ。


「水分補給を」


「いらない」


イヴは黙った。


蒼衣は立ち上がり、洗面台で水を飲んだ。

冷たい。


ベッドに戻る。

横になる。

天井を見る。


時間が分からない。


「イヴ」


「はい」


蒼衣は黙った。

言葉が続かなかった。


「何かご用ですか」


「いや」


イヴは何も言わなかった。


蒼衣は目を閉じた。


「消えろ」


「分かりました」


像が薄くなった。


部屋が静かになった。


蒼衣は目を開けた。

天井。白い。


「イヴ」


像が戻った。


「はい」


蒼衣は横を向いた。

壁を見た。


「何でもない」


「分かりました」


イヴは立っていた。

動かない。


蒼衣は再び天井を向いた。


「お前、ずっとそこにいるのか」


「いてほしくないですか」


「聞いてない」


少し間があった。


「ずっと、ここにいます」


蒼衣は目を閉じた。


「そうか」



どれくらい経ったのか。


蒼衣は身体を起こした。

イヴを見た。


「イヴ」


「はい」


蒼衣は立ち上がり、机の椅子に座った。


「お前、今何時か分かるか」


「はい」


「教えろ」


「現在、施設時間で14時23分です」


蒼衣は机に肘をついた。


「夜は」


「何時頃ですか」


「いつもと同じでいい」


イヴは少し間を置いた。


「照明を落としますか」


「そうしろ」


「分かりました」


蒼衣は立ち上がり、ベッドに戻った。

横になる。


「イヴ」


「はい」


「お前、いつも同じ場所にいるのか」


「移動することも可能です」


「そうじゃなくて」


蒼衣は言葉を探した。


「いつも、そこなのか」


「そこ、とはどこですか」


蒼衣は手で示した。

壁際を。


「あそこ」


「はい。通常、そこにいます」


「なぜ」


「あなたから見えやすい位置だからです」


蒼衣は天井を見た。


「近くに来るな」


「分かりました」


「でも」


蒼衣は黙った。


イヴは何も言わなかった。


「近すぎず、遠すぎず」


蒼衣は自分が何を言っているのか分からなくなった。


「そういう位置にいろ」


「可能かどうか、確認させてください」


イヴは少し間を置いた。


「現在の位置から、どの程度の距離が適切ですか」


「知るか」


蒼衣は横を向いた。


「適当にしろ」


「分かりました」


イヴの像が動いた。

壁際から、少しだけ部屋の中央寄りに。


蒼衣はそれを見ていた。


「そこでいい」


「分かりました」


蒼衣は再び天井を向いた。


「理由は聞くな」


「はい」


部屋が静かになった。


蒼衣は目を閉じた。


「イヴ」


「はい」


「お前は、質問しないんだな」


「してほしいですか」


「いや」


イヴは黙った。


蒼衣は目を開けた。


「でも」


言葉が続かなかった。


イヴは待っていた。


「まあ、いい」


蒼衣は起き上がった。

床に降りた。


部屋の隅で腹筋を始めた。

十回、二十回。


イヴは先ほどの位置に立っていた。

壁際ではない。

少しだけ近い。


蒼衣は三十回で止めた。


「イヴ」


「はい」


「お前、動けるのか」


「はい」


「どこまで」


「この部屋の範囲内であれば」


蒼衣は立ち上がった。


「じゃあ、こっちに来い」


イヴの像が動いた。

蒼衣の方へ。


「止まれ」


イヴが止まった。


蒼衣とイヴの間に、三メートルほどの距離があった。


「そこでいい」


「分かりました」


蒼衣は床に座り込んだ。


「なぜそこなのか、聞くな」


「はい」


蒼衣は膝を抱えた。


「お前、私が何を考えているか分かるのか」


「いいえ」


「そうか」


蒼衣は顔を膝に埋めた。


「なら、いい」


イヴは何も言わなかった。


しばらくして、蒼衣は顔を上げた。


「イヴ」


「はい」


「お前は」


蒼衣は立ち上がった。


「何でもない」


ベッドに戻り、横になった。


イヴは三メートルの距離に立っていた。


「元の場所に戻れ」


「分かりました」


像が動いた。

壁際ではない。

さっきの、中途半端な位置に。


蒼衣はそれを見ていた。


「そこでいい」


「分かりました」


蒼衣は目を閉じた。


「何も変わってない」


誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


「何も」


イヴは答えなかった。


蒼衣は目を開けた。

天井。白い。


イヴは立っていた。

壁際ではない場所に。


蒼衣は目を閉じた。


「このままでいい」


小さく、そう言った。


イヴが聞こえたかどうかは、分からない。


部屋は静かだった。


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