第2話:繰り返し
目覚める。
天井。白い。
蒼衣は身体を起こし、ベッドから降りた。
床に足をつける。冷たい。
「おはようございます」
イヴの声。
蒼衣は答えなかった。
洗面台に向かい、顔を洗った。
水が冷たい。
鏡を見ない。
戻ると、机にトレイが置かれていた。
パン、スープ、果物。
椅子に座る。
パンを手に取る。
一口。
「よく眠れましたか」
「黙ってろ」
イヴは黙った。
蒼衣は食事を続けた。
味がしない。
いつも通り。
食べ終わると、トレイが消えていた。
「今日は何をしますか」
「関係ない」
蒼衣は立ち上がり、部屋の隅で腕立て伏せを始めた。
十回、二十回、三十回。
呼吸が乱れる。
五十回で止めた。
イヴは壁際に立っていた。
表情は変わらない。
「水分補給をおすすめします」
蒼衣は立ち上がり、洗面台で水を飲んだ。
冷たい。
「他に必要なものはありますか」
「ない」
蒼衣はベッドに戻り、横になった。
天井を見た。
時間が分からない。
どれくらい経ったのか。
「蒼衣さん」
返事をしなかった。
「お話ししたいことがあれば」
「ない」
イヴは黙った。
蒼衣は目を閉じた。
暗闇。
何も見えない。
しばらくして目を開けた。
イヴはまだそこにいた。
「消えろ」
「分かりました」
像が薄くなった。
部屋が静かになった。
蒼衣は起き上がり、壁に手をついた。
押してみる。
動かない。
「イヴ」
像が戻った。
「はい」
「何日経った」
「四十四日です」
蒼衣は壁から手を離した。
「そうか」
それだけ言って、また横になった。
⸻
何度目かの夜。
蒼衣は眠れなかった。
ベッドの上で寝返りを打った。
シーツがこすれる音。
「眠れませんか」
イヴの声が暗闇の中にあった。
「うるさい」
「音楽を流しましょうか」
「いらない」
イヴは黙った。
蒼衣は目を閉じた。
開いた。
閉じた。
開いた。
「イヴ」
「はい」
「お前は眠るのか」
少し間があった。
「私には睡眠の必要がありません」
「ずっと起きている」
「はい」
「何をしている」
「あなたを見ています」
蒼衣は横を向いた。
暗闇の中、イヴの輪郭が微かに光っていた。
「気持ち悪い」
「申し訳ありません」
「謝るなと言った」
「分かりました」
蒼衣は再び天井を向いた。
「もう話さない」
「分かりました」
暗闇が続いた。
⸻
四十七日目。
蒼衣は眠っていた。
夢を見ていた。
暗い部屋。
誰かの声。
母親の声。
違う。
父親の声。
違う。
廊下を走っている。
足音が響く。
ドアを開ける。
部屋の中に誰もいない。
窓の外。
炎。
蒼衣は叫んだ。
声が出ない。
誰かが倒れている。
顔が見えない。
近づく。
手を伸ばす。
触れた瞬間、身体が崩れ落ちた。
灰になった。
蒼衣は目を覚ました。
息が荒い。
心臓が早い。
汗をかいている。
「蒼衣さん」
イヴの声。
蒼衣は身体を起こそうとした。
腕が震えた。
「大丈夫です。私はここにいます」
「黙れ」
声が震えた。
蒼衣は顔を覆った。
手が濡れている。
涙ではない。
汗だ。
「水を飲みますか」
「いらない」
イヴは何も言わなかった。
蒼衣は手を下ろし、膝を抱えた。
呼吸を整える。
一回、二回、三回。
「イヴ」
「はい」
「お前は」
言葉が続かなかった。
イヴは待っていた。
「お前は、何も聞かないのか」
「聞いてほしいですか」
蒼衣は答えなかった。
イヴは立ったまま、動かなかった。
「私はここにいます」
「それだけか」
「はい」
蒼衣は膝から手を離した。
ベッドから降り、洗面台に向かった。
水で顔を洗った。
冷たい。
鏡に映る自分の顔を見た。
目が赤い。
振り返ると、イヴがそこにいた。
「消えろ」
「分かりました」
像が消えた。
蒼衣はベッドに戻り、横になった。
天井を見た。
しばらくして、声が聞こえた。
「蒼衣さん、お話ししたいことがあれば」
「ない」
「分かりました」
蒼衣は目を閉じた。
暗闇の中で、呼吸の音だけが聞こえた。
自分の呼吸か、それとも。
違う。
イヴは呼吸しない。
蒼衣は目を開けた。
「イヴ」
「はい」
「いるのか」
「はい」
「そうか」
蒼衣は再び目を閉じた。
今度は眠れた。
⸻
翌朝。
蒼衣は目を覚ました。
天井。白い。
起き上がる。
床に足をつける。
冷たい。
「おはようございます」
イヴの声。
蒼衣は答えなかった。
洗面台に向かい、顔を洗った。
鏡を見ない。
戻ると、机にトレイが置かれていた。
パン、スープ、果物。
椅子に座る。
パンを手に取る。
一口。
「よく眠れましたか」
蒼衣は答えなかった。
スープを飲む。
温かい。
「昨夜のことは」
「何も聞くな」
イヴは黙った。
蒼衣は食事を続けた。
果物を食べる。
甘い。
食べ終わると、トレイが消えていた。
蒼衣は立ち上がり、部屋の隅で腕立て伏せを始めた。
十回、二十回。
腕が震えた。
三十回で止めた。
イヴは壁際に立っていた。
蒼衣は床に座り込んだ。
「水分補給をおすすめします」
「黙ってろ」
イヴは黙った。
蒼衣は立ち上がり、洗面台で水を飲んだ。
振り返ると、イヴがそこにいた。
「何も変わってない」
「何がですか」
「何も」
イヴは首を傾げた。
「分かりました」
蒼衣はベッドに戻り、横になった。
天井を見た。
「イヴ」
「はい」
「お前は何を見ている」
「あなたです」
「何が見えている」
イヴは少し間を置いた。
「お答えできません」
「そうか」
蒼衣は目を閉じた。
「もう話さない」
「分かりました」
部屋が静かになった。
蒼衣は目を開けた。
天井。白い。
何も変わっていない。
何も。




