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箱庭の感情実験  作者: あ
1/5

第1話:閉じた世界

白い。


目を開けると、壁も床も天井も白かった。

蒼衣は仰向けのまま、しばらく瞬きを繰り返した。


「おはようございます、蒼衣さん」


声がした。どこからか分からない。


蒼衣は身体を起こした。

部屋は狭い。

ベッド、机、椅子。それだけ。窓はない。


「誰」


「イヴと呼んでください」


声は女性のものだった。若い。


蒼衣は部屋を見回した。

スピーカーらしきものは見当たらない。


「どこにいる」


「あなたの隣です」


蒼衣は横を見た。何もない。


数秒後、空気が揺らいだ。

光の粒が集まり、人の形を取る。


少女の姿。透けている。


蒼衣は立ち上がらなかった。

ベッドの端に座ったまま、その像を見た。


「ホログラム」


「はい」


イヴと名乗った像は微笑んでいた。

蒼衣は視線をそらした。


「私に何をさせたい」


「お話をしたいのです」


「監視装置と話すことはない」


「監視ではありません」


蒼衣は答えなかった。

立ち上がって部屋を歩く。


壁に触れた。

継ぎ目がない。ドアらしきものもない。


「出口は」


「ありません」


「トイレは」


「奥です」


示された方向を見る。

小さな仕切りの向こうに、便器と洗面台があった。


イヴは蒼衣の動きに合わせて向きを変えていた。

常に正面を向いている。


「私について来ないで」


「分かりました」


像が消えた。


蒼衣は仕切りの向こうに入り、顔を洗った。

鏡に映る自分を見る。


十七歳。

痩せている。

目の下に隈がある。


水を止めて戻ると、イヴが再び現れていた。

同じ場所に、同じ姿勢で。


「食事の時間です」


机の上には何もなかったはずだ。

だが、トレイが置かれていた。


パン、スープ、果物。


蒼衣は椅子に座り、パンを手に取った。

一口齧って、飲み込む。


味がしない。


「美味しいですか」


蒼衣は答えなかった。


「好みの食事があれば教えてください」


「黙ってろ」


「分かりました」


イヴは黙った。


蒼衣は食事を続けた。

スープは温かい。

果物は甘い。


どちらも、どこか違和感があった。


食べ終えると、トレイが消えた。

いつ消えたのか分からない。


「これから何をする」


「自由にしていただいて構いません」


「自由」


「はい」


蒼衣はベッドに戻り、横になった。

天井を見る。


「あなたは何をしている」


「あなたを見ています」


「なぜ」


「あなたを知りたいからです」


蒼衣は目を閉じた。


「私について知る必要はない」


「でも、知りたいのです」


「理由を聞いている」


少し間があった。


「私の役割です」


蒼衣は目を開けた。

天井の白さが目に痛い。


「役割」


「はい」


「命令されている」


「そうとも言えます」


蒼衣は横を向いた。

イヴは立ったまま、こちらを見ていた。

表情は変わらない。


「正直でいいな」


「嘘をつく理由がありません」


「じゃあ聞く。ここは何」


「居住区です」


「どこの」


「施設です」


「施設の名前は」


「お答えできません」


蒼衣は起き上がった。


「できないことがあるんだ」


「はい」


「他には」


「多くあります」


蒼衣は立ち上がり、壁に近づいた。

手の平を当てる。冷たい。


「この壁の向こうに何がある」


「お答えできません」


「私はいつまでここにいる」


「お答えできません」


「あなたは何」


イヴは首を傾げた。


「何、ですか」


「人間じゃない」


「はい」


「AIか」


「そうです」


蒼衣は壁から手を離し、イヴに向き直った。


「なぜ人間の姿をしている」


「あなたが話しやすいように」


「誰が決めた」


「設計者です」


「会いたい」


「お答えできません」


蒼衣は笑った。

声は出なかった。


「使えない」


イヴは何も言わなかった。


蒼衣は机の椅子に座り、脚を組んだ。


「消えろ」


「消えたほうがいいですか」


「そう言っている」


「分かりました」


像が薄くなった。


「待て」


イヴは元に戻った。


蒼衣は椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げた。


「いつまで見ている」


「ずっとです」


「寝るときも」


「はい」


「最悪だ」


「申し訳ありません」


蒼衣は視線を戻し、イヴを見た。

像の目が、こちらを見返している。


「謝るな」


「分かりました」


「感情はあるのか」


少し間があった。


「あります」


「嘘だろ」


「いいえ」


「証明できるか」


「できません」


蒼衣は立ち上がり、ベッドに戻った。

横になり、壁に顔を向ける。


「もう話さない」


「分かりました」


部屋が静かになった。


蒼衣は目を開けたまま、白い壁を見つめた。


時間が分からない。

窓がない。時計もない。


どれくらい経ったのか。


背後で、何かが動く気配がした。

振り返らなかった。


イヴの声が聞こえる。


「蒼衣さん」


返事をしなかった。


「お話ししたいことがあれば、いつでも呼んでください」


蒼衣は目を閉じた。


暗闇の中で、白い部屋が残像のように浮かんだ。

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