6 星の男と、偏屈管理人
ルキウス・ヴァルマーは扉のすぐそばで黒外套を脱ぎ、帽子・杖・外套を丁寧に並べて置いた。
その所作はどこか舞踏会のように優雅で、無駄がなかった。
彼は軽い足取りでヘルマンへ歩み寄る。
ヘルマンはすでにテーブルの一番奥に腕を組んで座り、ルキウスが腰を下ろしても視線ひとつ動かさない。
「見てください、ヘルマンさん。
条件、少し整えました。どうですか?」
ルキウスはフォリオから書類を取り出し、ヘルマンの手元へ滑らせるように置いた。
橙のランプの光が、ルキウスの金髪にぱっと反射する。
澄んだ青い瞳に光が入り込み、まるで彼自身が星そのもののように輝いて見える。
「“どうですか”じゃない。
やらんと言ってるだろう」
ヘルマンは書類を押し返した。
ルキウス・ヴァルマー。
隣国の上級官吏であり、若くして都心部の都市開発を任された男だ。
彼はヘルマンがかつて手がけた建築物に心底惚れ込み、自身の担当する都市のランドマークをどうしてもヘルマンに設計してほしいと、こうして何度も足を運んでいるのである。
「とても良い条件だと思うんですがねぇ……」
ルキウスは返された書類を手に取り、首を傾げる。
「むしろ、これ以上は出せませんよ。
ヘルマンさんが望むものがあるなら、私が全部整えます。
何が必要です?」
「俺が望むのは――
お前が、ここに来ないことだ」
「またまた、ご冗談を」
ルキウスは爽やかに笑った。
ほのかなコロンの香りが管理室にふわりと広がる。
「幼い頃、旅先で初めて見上げた塔があなたの設計だったんです。
あの塔があったから、街は人を集め、栄え、立ち直った。
――『街は人を救う』と、あの時初めて知りました。
ヘルマンさん。
私がこれから作る都市に、
あなたの“未来”を建てていただけませんか」
ヘルマンは背もたれに身を預け、眉をひそめる。
「……で?
お前の手には何が渡る。金か? 名誉か? 名声か?」
「金は入りますよ、仕事ですから。
名誉と名声? 何の話です?」
ルキウスはもう一度書類を置くが、ヘルマンは一瞥もくれずに立ち上がった。
「……帰れ」
言葉は短く、容赦がない。
制御盤の前に戻ると、あたかも“ここから先は塔の時間だ”と言わんばかりに微動だにしない。
ルキウスは片眉を上げ、苦笑しながら立ち上がる。
「ヘルマンさん。また来ますよ。
私は、諦めが悪いんでね」
彼は深々と一礼すると、外套を羽織り、静かに部屋を後にした。
扉が閉まると同時に、ヘルマンは深くため息をついた。
銀の工具箱を掴み、外階段につながる扉の鍵を一度確かめ、反対側の“塔内部”への扉へ向かう。
誰もいなくなった管理室には、ダクトの低い唸りと、制御盤の青いランプの明滅だけが変わらぬリズムで息づいていた。




