15 嵐が塔を叩く夜
夜になり、王都には轟くような雷鳴が落ち続けていた。
第七魔導時計塔の淡い灯りさえ、バケツをひっくり返したような雨に呑まれ、ぼんやりとかすむ。
空全体が白く燃えるように光り、そのたびに雷が連続して時計塔の避雷針へ叩きつけられる。
鋭く振れる計器の針を、ヘルマンは張りつめた静けさで見つめていた。
狂気じみた雨がスチール扉を激しく叩き、いつもは賑やかなダクトの唸りさえかき消されてしまう。
ラジオが震える声で告げた。
“ハリケーンが発生。地下へ避難してください。
繰り返します――ハリケーン発生。ただちに避難を”
ヘルマンの横顔に、緊張の影が落ちる。
魔導施設は強固だが、万能ではない。
塔の半分は石造り、外階段は煉瓦。魔導ガラスも扱いが難しく、想定を超える衝撃には耐えられない。
――その瞬間だった。
轟音。
制御盤が警戒音を叫び、天井のランプが落ち、青い計器灯だけが闇に浮かぶ。
巨大な何かが外壁に叩きつけられた。
「ハリケーンめ……!」
ヘルマンは反射的に動いた。
機構層への扉を開き、ヘルメットの魔導ランプをつける暇もなく駆け出す。
螺旋階段が彼の足音をカンカンと響かせる。
上方から雨が打ちつけてくる。塔のどこかに風穴が開いたらしい。
青い脈動を放ちながら、歯車たちはまだ正確に息づいている――今のところは。
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街全体を揺らすような轟音が響いた。
アメリアは本を閉じ、ついにじっとしていられなくなった。
玄関を開けた瞬間、暴風が彼女を押し戻す。
獣のような風。
肌に叩きつける大粒の雨。
近くの家の屋根が剥がれ、空へ舞い、木が根こそぎ倒れるのが見える。
「アメリア! ダメだ! 戻れ!」
エリオットの叫びも、風にかき消されそうだ。
アメリアの視界に、第七魔導時計塔が映る。
その時計盤に――石柱が突き刺さっていた。
「……嘘……」
走り出そうとした瞬間、エリオットがその腕を掴む。
「行くな! 死んじゃうよ!」
「私、行く! ヘルマンさんが一人なんだよ!?」
「彼はプロだよ! 君は邪魔になるだけだ!」
アメリアは兄の手に、自分の手をそっと重ねた。
「エリオット……ごめんね。私、わがままなの」
その言葉に、兄の顔色がさっと失われた。
「……っ、ああもう!! 十秒待て!!」
エリオットは自室へ走り、すぐに戻ってきた。
手にはアメリアの作業つなぎ、雨よけ外套、安全靴、魔導ランプのヘルメット。
「着替えて! 急げ!」
アメリアは玄関で素早く身支度を整え、祖父の形見の腕時計を外套の内ポケットにしまった。
「行ってくる」
エリオットの眉が痛いほど寄る。
「……いいか。ヘルマンさんに伝えて。
“アメリアに怪我させたりしたら、絶対に許さない”って」
「なにそれ……」
それでも双子は互いを抱きしめた。
暴風が吹き込むなか、短く強く。
「エリオット、大好き」
「僕もだよ。……生きて帰ってきて」
頷き合って、アメリアは走った。
黄色い外套が、黒い暴雨の中に飲み込まれていく。
エリオットはただ、その背中を見送った。
まるで祈るように。
雷光が、空を裂いた。




