14 嵐の前
「アメリア。明日は、ここに来るな」
「……はい」
テーブルの上のラジオは、さっきから同じ警告を繰り返していた。
――“数百年に一度あるかないかの雷雨と暴風が予測されています。日没以降は外出を控えてください”――
外ではすでに雨が降り始めている。
むっとする湿気を帯びた風が塔の外壁を撫で、窓の隙間を震わせた。
「ヘルマンさんは……明日、どうするんですか?」
帰り支度をしていたアメリアの問いに、ヘルマンは制御盤から目を離さない。
「俺はここにいる」
「……そう、ですか」
「アメリア、帰ろう」
大学帰りに迎えに来たエリオットが、扉の前で外套を抱えて待っていた。アメリアはヘルマンの背中に小さなお辞儀をして歩き出す。
その時――椅子がきしむ音。振り返ると、ヘルマンが立ち上がっていた。
彼はすっと近づき、アメリアの頭に手を置いた。指がそのままスーッと滑り、ポニーテールの先をつまむ。
「……雨の日はお前の猫っ毛が絡むんだな」
「そうなんです。大変で……」
アメリアが眉を下げると、ヘルマンはわずかに口角を上げて笑った。
「気をつけて帰れよ」
「はい」
そして扉の方へ視線を投げる。
「エリオット。お前もな」
その一言だけ残し、彼は再び制御盤へ向かった。
双子は管理室を出る。
「ヘルマンさん、前よりよく笑うよね?」
アメリアはバッと兄の方を向く。
「エリオットもそう思う!?」
「え? う、うん……」
アメリアは頬に両手を当てて、嬉しそうに目を細めた。
「ふふ……やっぱりそうなんだ。嬉しいなぁ」
その表情を見て、エリオットは少し眉を下げる。
「よくわかんないけど、アメリアが嬉しいなら僕も嬉しいよ」
ふたりは階段を降りる。
上空の黒い雲が低く流れ始め、街の魔導飛行船は一隻も姿を見せなかった。
遠くで、風が唸っている。
嵐が、確実に近づいていた。
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翌朝。
街はすでに緊迫した空気に包まれていた。
王立魔導建築学院は閉鎖。
第七魔導時計塔も同様に閉じられ、駅や移動施設は運行を最小限に絞っている。
人々は窓に板を打ちつけ、植木鉢やベンチなど、飛ばされそうなものを全て屋内へ移していく。
アメリアも家族と一緒に、家の周りの片付けに追われた。板を打ち付けた部屋は薄暗く、落ち着かない影がゆらめく。
ひととおりの作業を終えると、双子はエリオットの部屋でラジオの前に座り、本を広げた。けれどアメリアは一文字も読めない。
昼過ぎには雨脚が急激に強まり、風が家を揺らすほどに荒ぶった。
屋根を叩く大粒の雨が、家中に響き渡る。
不安が胸にひたひたと満ちてくる。
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そのころ――
ヘルマンは管理室の制御盤の前にいた。
最上部の魔導風向計から送られる数値が、かつて見たことのないほど大きく跳ね上がっている。
彼はその数値を指で辿り、低くつぶやいた。
「……暴風か。
ハリケーンへ変わらなければいいが……」
青い明滅が彼の頬に映り込み、静かな緊張が塔の内部にじわりと満ちていく。
――“生きた塔”は、嵐に備えて息を潜めていた。




