13 夜の星図盤
アメリアは、遠ざかる第七魔導時計塔を振り返った。
塔の向こうには、丸い月が静かに浮かんでいる。
夜の塔は、時計盤の数字が星のように光り、魔導光は決して強すぎず、街を包むように柔らかい。
市民はこの光を“夜の星図盤”と呼び、親しんでいた。
「優しい色……」
「時計塔の?」
「うん」
隣を歩くエリオットも塔を振り返った。
「ヘルマンさんはね、すごい人なの」
「……だろうね」
「魔導塔の知識なんてズバ抜けてるの」
「“天才”って呼ばれる人だからね」
「それに、手先も器用」
「うん」
「優しい人なの。あの光みたいに、淡くて……きっと、あんな色の心なんだと思う」
「……そっか」
針がゆっくり動く。ここからは歯車は見えないけれど、――きっと今も“呼吸”してる。
「ねぇ、エリオット。ヘルマンさんの“新しい塔”、見てみたい?」
その瞬間、兄の瞳が子どものように輝いた。
「見たい! え、ヘルマンさん、新しい建築を?」
アメリアは首を横に振る。
「……そっか。ヘルマンさん、以前はすごい勢いで設計してたのに、第七魔導時計塔を最後にぱたりとやめちゃったみたいだもんな。
……残念だな」
エリオットの横顔を見つめながら、アメリアの胸がきゅっと痛む。
――私だって、彼の“次の作品”を見たい。
ルキウスが去ったあと、机に残された書類をこっそり覗いてしまった。
そこには、隣国の都市の大規模な開発計画と、ランドマーク建築の提案書。
もしヘルマンが受ければ、数年、戻ってこないかもしれない。少なくとも、第七魔導時計塔には戻らないだろう。
――もう会えないかもしれない。
「エリオット……私、わがままなのかな」
「アメリアが?」
「うん」
二人は塔に背を向けて歩き出す。
石畳の両脇には家が並び、蒸気の霧がふわりと頬をなでた。
「何のことかはわからないけどさ。
アメリアがやりたいことをやればいいんじゃない?」
「……でも」
「僕だって、やりたいから飛び級したよ。
欲しいものが目の前にあるなら、手を伸ばせばいい」
「……エリオットって、意外に強引だよね」
「そう?」
「そうだよ」
エリオットが声を立てて笑い、アメリアもつられるように笑った。
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その頃――
月明かりの展望台で、ヘルマンは王都を見下ろしていた。
螺旋階段沿いに灯る魔導ランプ、塔全体に流れる青光の脈動。
深い夜空を背景に、第七魔導時計塔は本当に“星座”のようだった。
“生きた塔”を作りたかった。
人とともに呼吸し、人の営みに寄り添い続ける塔を。
その願いを体現するかのように、第七魔導時計塔は凛と立ち、淡く瞬いている。
脇に抱えた革製のスケッチブックを握る手に、力がこもる。インクの染み、煤で汚れた表紙、擦り切れた角。
設計をやめる前、彼が息をするように線を走らせていた頃の名残。
しばらく触れていなかったのに――最近、また“描きたくなった”。
理由は……なんとなく、もうわかっている。
「……このままで、いいわけないよな」
欄干に手をつき、街を見下ろす。
魔導飛行船の灯り、人々の灯り、蒸気の灯り。
王都の夜は息づいている。
風が銀灰の髪を揺らした。
ヘルマンは目を閉じた。
――自分でも、どうしたらいいのかわからない。




