11 触れた記憶と、ふたりの距離
ヘルマンの許可を得て、アメリアは管理室の書架に並ぶ資料も自由に見られるようになった。
席を行き来する時間が惜しく、椅子をひょいと書架の前に運んで腰かける。
琥珀の瞳がきらきら輝く。
学院のラボには置いていない、一般向けの“魔導建築紹介”の本が並んでいる。
こういう本は、読み物としても楽しい。
ページをめくる指先が止まる。
ひとつの施設の紹介で、ふわりと頬が緩んだ。
その瞬間、ふと手元が影に覆われる。
顔を上げると、ヘルマンが真上から覗き込んでいた。
「この施設……魔導建築巡りをした時に見ました。
小さな建物だけど、繊細で、可愛くて、綺麗で……すごく印象に残ってます」
「……好きか?」
「……はい」
ヘルマンは無言でアメリアの頭に“ぽん”と手を置いた。
「それは、俺が最初に手がけた施設だ。
今見ると直したいところだらけだが……思い入れはある」
――ヘルマンさんが造ったから、好きなのかもしれない。
アメリアの胸が少しだけ熱くなる。
「ヘルマンさんの造る施設……繊細で綺麗ですね。
ヘルマンさんが、そういう人だからかな」
ぽつりとこぼしたその言葉に、ヘルマンは一瞬だけ目を見開き、視線をそらして書架にもたれた。
彼は小さく息を吐くと、話題を変えるように言った。
「卒業制作は進んでるか?」
「はい。第七魔導時計塔を参考に、自分だけの時計塔を作ろうと思ってます。
魔導ギアのミニ機構も動くようにして、ライトアップ回路も自作して……。
テーマは“見上げたら嬉しくなる塔”です」
「へぇ。面白そうだ」
「でしょ?」
アメリアが笑うと、ヘルマンもつられるように穏やかに笑った。
それから、不意にアメリアの頭へ手が伸び、そっと撫でられる。
「……模型製作も、そこの作業台を使ったらいい」
触れた手が離れる。
アメリアの顔は一瞬で真っ赤になり、自分の頭を押さえた。
「お前の頭は……なんか撫でたくなるな」
不意打ちの言葉を残し、彼はまた制御盤へ戻っていった。
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夕刻。
エリオットが紙箱を抱えて管理室に入ってきた。
「今話題のドーナッツ。差し入れだよ」
箱を開けると、色とりどりのソースがかかったふっくらドーナッツ。
アメリアは目を輝かせた。
「おいしそ……!」
なぜか、ヘルマンが一番に席につく。
「さすがエリオットは気が利くな」
アメリアは顔を上げて「えっ!」と声を上げる。
「わ、私だって! お茶入れてきます!!」
パタパタと勢いよく奥へ消えていくアメリアを見送り、ヘルマンとエリオットは視線を合わせた。
「……彼女は意外に扱いやすい」
「あはは。ひどい言い方だよ、それ」
エリオットはヘルマンの隣に腰を下ろし、声を落とす。
「ここのところ、ずっとアメリアがここに通ってるみたいだけど……どうですか?」
「“どうですか”とは?」
「手先が器用で、頭も悪くない。魔導回路も理解してる。
役に立ちますよ。……雇ってみませんか?
アメリア、今就活中なんです」
ヘルマンは手元の箱をくるりと回しながら笑った。
「面倒見のいい兄だな」
「……片割れですから」
「俺はもう、まともな働き方はしてない。雇えないよ。
彼女は真面目だ。……だから余計に」
ヘルマンの言葉に、エリオットは静かに息をつく。
「貴方になら、アメリアを任せられると思ったのになぁ」
「なぜ?」
「偏屈だけど……誠実だから。ずるいほどに」
「……俺の何を知ってるってんだ」
「さぁ? なんでしょうね」
エリオットの不敵な笑みに、ヘルマンは片眉を上げた。
「お茶入りました!」
不揃いのカップを三つ載せた盆を抱え、アメリアが戻ってくる。
エリオットは先ほどとはうって変わって、優しい笑顔を向け、ヘルマンはそれを見て、ぼそっと「うわ」とつぶやいた。




