1 沈む夕陽、止まった設計士
王都通信
“新進気鋭の魔導建築士の魔導時計塔が完成!”
“王都の中心に建つ第七魔導時計塔──魔導動力で鐘と時刻を制御する“生きた塔”、ついに始動!”
“若き天才魔導建築士、独占インタビュー!”
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腹の出た貴族が、舌なめずりしながら言う。
「君が話題の天才魔導建築士か。ぜひ我が娘と縁組を。これで家門の名声が上がるというものだ」
唇の歪んだ政治家が、肩を組もうとにじり寄る。
「王党派の新築を頼みたい。庶民も貴族も君を讃えている。
君がこちら側につけば、世論はこちらに流れる。
名前を貸すだけでもいいんだよ? はははは!」
――名声?
――名誉?
――俺は、何のために建築をする? 何のための魔導なんだ?
――魔導塔は美しい。
――だが、その周りに群がる人間は……あまりにも醜い。
――もういい。疲れた。
――俺はもう、造りたくない。
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「……また“建築依頼”か。どいつもこいつも懲りないな」
彼は書類を丸めてくずかごに投げた。
重さに耐えきれず、かごはカタンと倒れる。
青い光を灯す制御盤。
指先が積み重なる数値をなぞるたび、淡い光がその端正な横顔を照らす。
――ヘルマン・クロウフォード。
かつて王都の象徴となる第七魔導時計塔の建築を任され、“天才”と呼ばれた男。
彼は椅子を押しのけ、棚からくすんだ銀の工具箱を取った。
銀灰の髪が揺れ、ネイビーのアトリエコートの裾が翻る。
螺旋階段を上るたび、金属が高く鳴く。
歯車の軋み、配管を走る魔導蒸気の圧が、塔の内部を満たしていた。
その中で、彼だけが、静謐を纏っていた。
黒い切れ長の瞳が、歩きながら塔の全てを掌握していく。
塔は今日も協奏曲を奏でている。
あらゆる音が、ここにある――。
彼は手を翳し、一巡して足を止めた。
拳を軽く握る。まるで指揮者が終止符を打つように。
「……今日も異常なし」
階段を上りきると、重いスチール扉を押し開いた。
眩しさに、わずかに目を細める。
展望台――。
王都全体を見渡せる場所。
西の丘に沈みゆく夕陽、東の空には白い月が顔を出している。
――ゴォォーン。
頭上から鐘の音が響く。
彼が造った塔の、彼が調律した鐘の声。
丘を越え、遠くの街まで届く響き。
ヘルマン・クロウフォードは、魔導建築の第一線を降りた。
今はただ、この時計塔の“呼吸”を守る者になった。
欄干に手を置き、風の湿り気を頬に感じながら、彼は静かに王都を見下ろしていた。
夕暮れの街。
灯り始めた窓。
遠くを走る魔導列車の光。
――もう造らない。
――もう造れない。
彼はそっと目を伏せた。




