第五輪『あなたと出会えて本当に良かった』
「唯、大丈夫……?」
「相当だね、熱もかなりある」
なんでこうなったのか理解できない。分かりたくなかった。
「唯……」
「とりあえずおかゆ作ってくるから、清花は唯とお話ししてて」
澪さんの転校の話を聞いてから、体調が崩れて寝込んでしまった。
「唯、やっぱり澪のことで……」
「ごめんね、さやちゃん……ずっと考え込んじゃって……」
「無理もないよ、あんなに綺麗で優しい人なんて滅多に居ないもん……」
清花の温かい手が私の手を握ってくれる。
「さやちゃんも綺麗で、優しくて……困ってる時はいつも支えてくれて……」
「もう、そんなこと言われたら嬉しくなっちゃうよ……!」
清花が大きな体で私の小さい体を包み込むように抱きしめてくれる。
「唯は最高のズッ友だよぉぉぉぉ……!」
「もう、なんでさやちゃんが泣いてるの……?」
「だってぇ、弱ってる癖に私を慰めてくれるんだもぉん……!」
「ふふ、さやちゃんってこういう所が可愛いよね……」
ふとキッチンの方を見ると、芽衣がこちらを見つめていた。
「清花、唯は病人なんだからそんなに近づいたら迷惑だよ」
「め、芽衣……!?いつのまにか見てたのか……」
「だってこのキッチン、リビングと繋がってるもん」
芽衣がおかゆを作ってくれて、ベッドのサイドテーブルに置かれる。
「出来立てだから、ゆっくり食べて。やけどに気をつけて」
「ありがとう、芽衣ちゃん……!」
芽衣は優しく微笑みながら、リビングのソファで一息つく。
「そういえば、白百合さんにお見舞い来てあげてって誘ったからもしかしたら来るかも」
「えっ、本当……?」
「少し前に連絡してみて、乗り気じゃなかったけどなんとか説得したから」
心の奥が締め付けられる。だって澪さんは私に会いたくないんだ。
だから転校を選んで、私から離れることを選んだ。
「なんで……」
「ゆ、唯……?」
いつのまにか目元から涙が溢れ出しており、その雫は一つ、また一つと太ももに溢れ落ちていった。
「澪さんは……澪さんは――」
一瞬の静寂が襲う。風の音が鮮明に聞こえる。その静寂は一瞬にして過ぎ去り、玄関からは甲高いベルの音が鳴った。
――ピンポーン
「み、澪さん……」
体が勝手に玄関に向く。おそらく澪さんが居る玄関の扉に。
「私が出てくるよ」
芽衣がゆっくりとソファから立ち上がり、玄関に向かう。
「はーい、どちら様ですかー」
玄関の扉の向こう側から、微かに、けど確かに澪さんの声が聞こえた。
「ここが五薔薇木さんのお家で間違いないですか……?」
「うん、合ってるよ」
澪さんの言葉を聞くたびに、胸の奥が締め付けられる。
「じゃあ上がって」
玄関の扉がゆっくりと開かれる。春と夏の境目を感じる温かく、爽やかな風がリビングに流れ込む。
「お、お邪魔します……」
その瞬間、その一瞬だけれど瞳と瞳が重なり合った。
「み、澪さん……」
病に侵されている体を無理矢理持ち上げて澪さんの元に駆け寄る。
それも無意識での行動だった。
「五薔薇木さ――」
我慢できなかった。澪さんを見て瞬間、こうしたかった。澪さんの体に抱きつき、澪さんの懐に顔を埋める。
「澪、さん……なんで、なんで居なくなるんですか……」
澪さんの体はやけに温かく、私の熱も吸収してしまうほど不思議な温もりだった。
「清花、私たちは先に帰ろう」
「そう、だね……唯、私たちは先に帰るから。熱、ちゃんと治してね……」
清花と芽衣は私たちに気を遣ってくれたのか2人きりにさせてくれた。
「……唯ちゃん、本当に私と2人きりでいいの……?」
「澪さんと……2人きりがいいの……」
ふと澪さんの顔を見上げると、頬を赤らめて、けど母親のように優しく微笑んでいた。
「わかりました、けれどこの姿勢じゃ私も唯ちゃんも疲れちゃうのでソファに座りましょ」
ゆっくりと2人でソファに腰をかける。すると、澪さんがゆっくりと口を開き始める。
「私ね、幼い頃に母親を亡くしたの。すごく優しくて、お父様からもお兄様からも。使用人からも凄く慕われてたお方なの」
澪さんが語る口はいつもと変わりないが、表情は凄く寂しそうだった。
「そんな母は私に溺愛していて、私も母を愛していて、尊敬していた。そんな中、不治の病に見舞われてしまったの……」
「その病気は致死率は高くて、余命宣告もされていました。母は最期まで私に病気の事は伝えてくれませんでした……」
「母の命日、亡くなる直前に母がこの花を渡してくれたの」
澪さんがゆっくりとたんぽぽの花を持ち出す。
「これが、母から貰ったたんぽぽです……」
その花は見慣れているのに、特別に感じるほど美しかった。
「10年以上前に貰ったものなのに、今だに当時の形を保っています……」
その花は造花などではなく、本物のたんぽぽだった。澪さんがどれだけ大切にしていた物なのかが伝わってくる。
「唯ちゃん……これ、あげる」
「……えっ」
澪さんはたんぽぽを私に差し出す。
「そ、そんな大切な物を受け取れないよ……だってそれは……」
「たんぽぽの花言葉には"幸福"や"愛の神託"、"真実の愛"と言う言葉があります」
澪さんはたんぽぽを抱えたまま、私の頭に手を乗せる。
「そして、たんぽぽは時間をかけて綿毛となり、風に乗せて自らの種子を乗せていきます」
「綿毛には"別離"という言葉があります。母は私と離れる事を伝える為に最期にたんぽぽを渡してくれたのでしょう……」
澪さんは、たんぽぽをそっと見つめたまま微笑んだ。
けれどその瞳はどこか泣きそうで、震えていた。
「……でもね、唯ちゃん。
綿毛はただ散っていくんじゃありません。
風に乗って、新しい場所でまた花を咲かせるんです」
「澪さん……」
「母は、それを私に伝えたかったんじゃないかなって……大人になって、ようやく思えるようになりました。
“別れは終わりじゃない”って。
“あなたはどこでも、大丈夫よ”って」
「私は唯ちゃんを傷つけてしまったと思った。だから離れる事を決意したの……」
澪さんはゆっくりと私に抱き付き、耳元で囁く。
「私はただの女の子。母を愛して友達を愛して、恋をする。一途な女の子なの」
「そんな私を唯ちゃんだけに見せていて……」
その言葉に今まで感じていた想いが歯車のように噛み合った。
「そっか……私が今まで抱いていた想いは、澪さんに対する気持ちじゃなくて、"白百合澪"に対してだったんだ……」
澪さんの抱きしめる腕が強くなる。
「今度会う時は、"白百合澪"じゃなくて"澪"として接してください……!」
「澪さん……」
互いに抱きしめ合い、目には大粒の涙が溢れている。
「絶対……また会って、その時は私の気持ちも応えて欲しい……!」
「次会う時は……また抱きしめ合って、唯ちゃんの温もりを感じたいの……!」
抱きしめる力は次第と緩んでいき、体を少し離して瞳を見つめ合う。
「たんぽぽに誓って」
「……じゃあ五薔薇木に誓って……」
ゆっくりと顔を近づける。唇と唇が重なりを求める。
「愛してる、唯ちゃん」
「私も大好きです……澪、ちゃん……!」
ゆっくりと互いの唇が触れ合う。とても甘くて温かく、私の気持ちを吸い取られる。
「……唯ちゃん、もう少しだけこうしてていい……?」
「……もちろん、です……!」
自身が病人である事を忘れて、互いの想いをゆっくり語り合った。
その夜、私は初めて“別れ”が怖くないと思えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この物語やキャラクターたちが、少しでも皆さんの心に残っていたら嬉しいです。
【キャラクタープロフィール】
五薔薇木唯
•性別: 女
•年齢: 16歳
•学年: 高校1年
•誕生日: 4月5日
•身長: 158cm
•好きなもの: 漫画、ゲーム、アニメ、昼寝
•苦手なもの: 人混み、喧騒、ビックリ系
•性格: 内気でコミュニケーションが苦手だが、仲良くなると優しくて甘え上手。
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白百合澪
•性別: 女
•年齢: 15歳
•学年: 高校1年
•誕生日: 8月14日
•身長: 160cm
•好きなもの: 花、小説、動物
•苦手なもの: プレッシャー、苦い食べ物
•性格: お淑やかでお嬢様のように見えるが、実際は普通の女の子。恋愛小説が好きで、とても優しい。
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芽木乃清花
•性別: 女
•年齢: 15歳
•学年: 高校1年
•誕生日: 12月24日
•身長: 171cm
•好きなもの: 漫画、ゲーム、カラオケ、誰かと遊ぶこと
•苦手なもの: ホラー、お化け、勉強
•性格: 誰とでも仲良くなれる陽気なタイプ。内気な唯にも積極的に話しかける。友達想いでとても優しい。
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矢治机芽衣
•性別: 女
•年齢: 15歳
•学年: 高校1年
•誕生日: 1月30日
•身長: 142cm
•好きなもの: 1人で過ごす時間、漫画、ゲーム、機械いじり、アリの飼育
•苦手なもの: 水、強い風
•性格: 物静かで少し異質な雰囲気を持つが、根は友達想い。1人が好きだが、唯や清花がいるなら一緒に遊ぶのも好き。落ち着いていて保護者気質。




