第二輪『疑惑のシレネ』
あれから1ヶ月が経とうとしていた。
「ゆーい!部活ってもう決めた?」
「いや……まだ……」
清花は性格故に、どんどん友達を作って行って、私たちに紹介することが多くなって来た。芽衣は、私と同じで友達は多くないらしいけど、芽衣に関しては友達が出来ないじゃなくて作らないが正しい。
「そうだ、二人とも!三人で部活動見学に行かない?」
「部活動見学……?」
「そうそう!三人とも部活決まってないんだしさ!」
清花は相変わらず、興味を持ったことには熱血的で、断る余地すらない。
「私はいいよ。唯はどうするの?」
芽衣が静かに尋ねてくる。
「私も……いいよ……見学くらいなら……」
「よし、決まりー!」
清花が満面の笑みで手を叩く。
まるで私の返事を待つ前から、答えが分かっていたかのように。
――
廊下には勧誘の声が飛び交っていた。
「演劇部どう?」「バスケ部、初心者歓迎だよ!」
賑やかな声に包まれて、私は少し息苦しくなる。
「うわ〜すごいね……!」
清花は楽しそうにポスターを見渡している。
そんな中、ふと窓の外に目を向けた。
そこには、中庭のベンチに座って本を読んでいる澪さんが居た。
春風に揺れる長い髪。
その美しさに見惚れていた。
「唯?どうしたの?」
「えっ……あ、なんでもない……」
気づけば、澪さんの方をじっと見つめていた。
「……ねぇ、あの人」
芽衣が私の視線を追って言う。
「あっ!」
すると、清花が勢いよく窓を開けて、澪さんに手を振る。
「澪ー!そんなところで何してるのー!」
清花の呼び掛けに気付いた澪さんは、手を振りかえしていた。
「少し気分転換に本を読んでいました。みなさんも一緒に外の空気を吸いませんか?」
清花は私たちの腕を引っ張って、中庭に向かった。
「せっかくだし行こうぜ!唯も息苦しくなって来たんじゃないかー?」
やっぱり清花は私に対する理解度が凄まじい。なんだかんだ三年も一緒に遊んで来たんだ。
――
「もう入学してから一ヶ月が経つのかー」
「早いですよね、楽しい事や楽しみの事があると、すぐに時間が過ぎちゃいますよね!」
外の空気は最高だ。それに人も少ない。やっぱり清花は誰とでもすぐに仲良くなれる。私にもそのパワーをわけて欲しいくらいだ。
「そういえば、澪ってなんの部活に入るの?」
「私はお家のお手伝いが忙しいので入れそうにないです……でも、もし入るとしたら園芸とか気になっています!」
「園芸……?」
なぜだか、澪さんの言葉に興味を持ってしまった。無意識に質問をしてしまった。
「私、幼い頃からお花が大好きで。お母様がくれたお花が今でも忘れられなくて!」
澪さんの笑顔は、まるで花が咲いたようだった。
風に揺れる髪の隙間から見えた横顔に、思わず息をのむ。
(ああ……きれい……)
その言葉しか、頭に浮かばなかった。
憧れなのか、尊敬なのか、恋愛感情なのか。この気持ちはわからないけど、確かに心が揺れている。
この気持ちは嘘じゃないとハッキリわかった。
「てかもうこんな時間!?帰らないとだ!」
時計は17時を回っている。太陽は落ちかけ、夕日が私たちを照らす。
「そうですね。私も今日は大事なお話があるそうなので帰らないとです」
澪さんは本を閉じでゆっくりと立ち上がり、影に向かって歩き始めた。
「また明日、お話しましょう!」
ゆっくりと振り返り、手を振っている。しかし、その表情はどこか悲しい顔をしていた。
あの時と同じように――
――
「おはよー唯!」
「あ……おはよう……もうホームルーム始まってるよ……」
「えっ!?嘘っ……!?」
先生は清花の事を教室に入った時からずっと見つめていた。
「芽木乃遅いぞ!もう高校生なんだから遅刻なんてするなよ!」
「さーせん!」
清花が遅刻するのはいつものことで違和感はない。けれど、澪さんがいない。
「えーっと……あれ?白百合も遅刻か?」
澪さんが遅刻するはずがない。なにか他の事情があるのかも。胸騒ぎが静かな教室を襲った。
「ちょっと白百合ん家に電話かけて来るから、好きに話したりしてていいぞ!」
先生は不安そうな顔をしながら、急いで教室を飛び出した。
「澪大丈夫かな?澪ってセレブだから犯罪に利用されそうなのが怖いんだよな……」
清花の言葉に、胸が押し潰されそうになった。もし本当に、澪さんが誘拐されているなんて考えたら、気が気でない。
「清花がネガティブ発言なんてらしくないぞ」
芽衣が清花に語りかけた。
「確かにな、心配し過ぎるのも良くないしな!とりあえず先生を待とう!」
清花も普段のポジディブ思考に戻って安心した。教室はどんどん騒がしくなるが、喧騒も次第に薄れていく。
「戻った……ああ……どうすれば……」
先生が戻ったが、様子がおかしい。凄い焦っていて、今にも吐き出しそうな雰囲気だ。
「先生、澪は……!」
先生は喋ろうとしているが、うまく喋れていない。
「白百合は……もう学校に向かっているようだ……」
「えっ……それじゃあ澪は……」
教室はパニックで騒がしくなる。先生も教頭や校長にも話をつけて、警察沙汰にもなった。
「ど……どうしよう……澪さん……」
頭がちゃんと回らない。私は無意識のうちに教室を飛び出していた。
「澪さん……澪さん……」
瞳は微かに潤っている。謎の緊張が今にも胸を張り裂きそうだ。
「ここ……」
気づけば昨日の中庭に来ていた。ふと、ベンチを見つめるとそこには、澪さんの物であろうハンカチが落ちていた。
「これ……」
昨日は私が最後にここを離れたから、昨日忘れた物ではない。
「澪さん……!」
澪さんは今日、一度学校に来ている。もしかしたら学校にいるかも知れない。と言う安心感と、それでも残る不安感が私の心を掻き混ぜる。
「はぁ……はぁ……」
学校内を走り回ったが、どの教室にもいなかった。心の中で不安が安心を押し潰し始める。
「あ……あれ……?」
体育館で物音が聞こえたそれも閉鎖しれている旧体育館だ。私は恐る恐る、旧体育館に足を踏み入れる。
「み……澪さん……」
無人の空間に私の声だけが反発する。けれど確かに、人の気配がある。
「ここに……居るんですか……」
静かに、ゆっくりとボロボロの床を歩み進める。
「みんな心配して……えっ……」
急に足場が無くなり、足が穴に落ちてしまう。それほど深くはないが、普段運動していないせいか、足を痛めてしまった。
「……なんでここに来たの?」
誰もいないはずの旧体育館に声が響き渡る。私の声ではない、別の声が。
「その声……み……澪さん……!」
ゆっくりと、崩れかけのステージの影から長い髪を揺らつかせ、私の前に立ち、手を伸ばしている。
「大丈夫……?」
澪さんの声に安心感を覚えた。しかし、澪さんの声に安心など一切なく。感じてのは不安と悲しさが残っていた。
「……澪さん、どうしてここに……?」
澪さんはゆっくりと首を振り、視線を床に落とす。普段の凛とした美しさは影を潜め、弱さと孤独がその瞳に宿っていた。
「……ちょっと、一人になりたくて……」
「一人に……?で……でも、みんな心配して……!」
痛む足をこらえながら、澪さんに近づく。
「聞いても……きっと悲しくなるだけです……」
澪さんは静かに、その場に立ち尽くして、ゆっくりと口を開いた。
「私……もう結婚が決まっているの……」
澪さんの口から発せられた言葉に、体が固まる。
「結……婚……?」
心臓が一気に跳ね上がる。衝撃と同時に言葉に出来ない感情が押し寄せる。
「……そ、そんな……どうして……?まだ高校生なのに……」
澪さんは目を伏せ、静かに頷く。その声はかすかに震えていた。
「お家の事情で……。お父様の決めたことなの……私、逆らえなくて……」
唯の胸がぎゅっと締め付けられる。言葉に詰まりながらも、なんとか声を絞り出す。
「で、でも……澪さんの気持ちは……?」
「私は……みなさんが思うほど……」
澪さんは苦しそうに、胸の奥から搾り出すような声で答えた。それでも、答え切る前に、泣き出してしまった。
「み、澪さん……」
私は無意識に彼女を抱きしめていた。それ慰めでも、同情でもない。ただ、"ひとり"にさせないためだと心の中で理解した。
「あ、ああ……ごめんなさい……!」
慌てて彼女から離れる。無意識とはいえ、人を抱きしめるのは違うと思った。
けれど、澪さんは私の裾を掴んで話さない。
「もう少し……このままにさせてもらえるかしら……」
拒否なんて出来るはずがない。私は澪さんを再び抱きしめる。
(こんな時間が……一生続いたらいいのにな……)
と心の中で思った。自分でも何を考えているかわからないが。この気持ちは確かだと思う。
校外からサイレンの音と教師の声が小さく風に流れて旧体育館に入って来た。それでも、手には澪さんの温もりが残っていた。




