醜いあなたにお似合いよ。
「それにしても、グレースさんは数年前からずっと変わっていないみたいに美しいわ。なにか気をつけていることがあるのかしら?」
ルシュール公爵夫人にそう問いかけられてグレースは少し困ったように笑みを浮かべた。
彼女は、婚約者であるフレデリクの母親でありもうすぐグレースの義母になる予定の人であり、本当のことを伝えたいという気持ちもあったが、彼女はつづける。
「私もそろそろ自分の年齢的に肌のことが気になってきて……なにか画期的な方法でもあるのかと思うと、つい、ね。ごめんなさい」
グレースの笑みが少々ぎこちなかったことにより彼女はごまかすようにそう付け加えた。
本当はもっと深くグレースの美容法について聞きたかったのだと思うが、それはグレースの年齢に関する話なので、長く続けるべきではないと理解はしているらしかった。
「いえ、お気になさらず。それにいつになるかはわかりませんがきっとお教えすることはできると思いますから」
「あら! そうなの? 嬉しいわ」
「良かったじゃないか。以前から気になっていると話をしていたもんな。それにしても本当に、麗しくとても……その」
「……」
二十代半ばには見えない。
そんなふうにルシュール公爵は言おうとしたのだろう。
しかし、それが皮肉ではないことはグレースも理解している。
隣に並んでいる父と母も、まぁたしかに自分たちの娘は何故か、肌ツヤが衰えないなとチラリとグレースのことを見る。
その場の雰囲気はまったくもって悪いものではないし、グレース自身は気にしているけれども、ぎりぎりなんとか、キャリアを積み上げたうえでの女性の結婚としては間に合う年齢。
外見も十代のうら若き乙女にも引けを取らないような輝く肌を持ち、瑞々しい唇に、目元にはくっきりとした二重の線以外に皺は一切見当たらず若く見られることも多い。
だからグレースは自分の努力が報われているみたいに嬉しいし、歳をとるごとに萎えて言っていた自信はむくむくと回復する兆しを見せた。
ただ、その場で一人不機嫌な顔をしてグレースを睨みつけていた青年が声をあげる。
「そうか? 所詮は年増の女ってことに変わりはないだろ。すぐに変わり果てて色を失った花のように醜く散る定めなのに、褒めたところでなんの意味がある。私が娶ってやらなければただの行き遅れだ」
フレデリクはそう言ってハンッとグレースのことを鼻で笑った。
その彼の言葉にぴしりと空気は凍って、せっかくの結婚が間近に迫った食事会の雰囲気はガラガラと崩れる。
「……」
「……」
「……」
「……」
両親たちは誰か彼を止めるべきではという視線を交わし合うが、その間にも彼は自慢げに続けた。
「そんな女をおだてて、結婚しても自分は美しいとプライドだけは一丁前になられても困るんだ。なによりっ。私の方がずっと美しい」
「フレデリク……」
「そうだろう? パーティーでは次から次に女性たちが私に声をかけてきて、話をしてやれば顔を赤くして喜ぶ。私が通れば女性の視線は釘付けでいつも背中に熱い視線を感じている」
彼は自慢げに語りだす。
さらりと揺れる前髪は美しい金色をしていて光を反射し、青い瞳はどこまでも深く、まるでおとぎ話に出てくるヒーローのようだった。
彼が言っていることはたしかに間違ってなどいないし、彼はハンサムで、スッと通った鼻筋に大きな瞳、美しい肌はたまのようで触れたらとても心地よさそうである。
間違ったことは言っていないし、同じ年ごろの令嬢たちから見てもそのように映っていてもてはやされている。
そして女の子たちは同時に外見に目がくらんで彼が何を言っているのかをあまり気にしていない。
「そんな私が、結婚してやるんだからありがたく思って貰わなくては困る。爵位の恩恵にあずかりたい人間なんてごまんといるんだ」
「……そうね」
「うぬぼれてつけあがったりしたらお前のような女、目も当てられないぞ」
「……」
そして公爵家の跡取りであり、彼は誰もを魅了する外見と地位や財産を持ちわせて、彼を上回ることのできる人間は国に数を数えるほどしかいないだろう。
グレースはそんな彼が幼いころに、魔法の資質を認められて婚約をすることができた。
それはとても幸運なことであり、ただの伯爵家の娘でありながらとても運がよかった。
だからこそ彼の言葉に、楽しい雰囲気の晩餐会が気を遣うような空気の良くないものになってしまった残念さは感じつつも憤るつもりはない。
それはあきらめでも、虚しい気持ちからくるものではなく、彼に対する思いやりからくるものだ。
……私は彼より五つ以上も年上だもの、そういう嫁がどういう立ち居振る舞いを求められるかは理解しているつもりよ。
彼を理解する器量を持ちながらも、彼を導くそれがグレースが望まれていることだろう。
家族の前でグレースよりも自分を褒められたいと思うのは構わない、それは一線を越えていないことだ。
そう思えば「あなたはそう思うのね」と静かに返すだけで済ませることはできる。
グレースがそう言ったことに両親たちは安堵して、また別の話題に移っていく。そういうことはこれまでもあったし、これからもそうだと思う。
そして結婚してから徐々に彼がプライドを出す部分について、より密に話し合いをして折り合いをつけていけたらいい。
そう思っていた。
「当たり前だろ? ただ、それ以上に見ていられない人間も多くいるがな、例えばどんな奴だと思う?」
しかし彼は今日に限って、からからと笑って意地の悪そうな笑みを浮かべて続けた。
「……わからないわ」
「不細工だよ、不細工! あいつら、分をわきまえずにぶつぶつだらけの顔で私のそばに寄ってきて、顔を赤らめて自分のことをなんだと思っているんだろうな?」
「……」
「丸い顔に見えてるのかってぐらい細い目、吊りあがっていたりほくろがあったり気持ち悪い! それでも一丁前に発情して私の元へとやってきてまるで豚だな豚、なにを言っているのかわからないようなぶつぶつとした喋り方をする奴もいる!」
グレースはあまりの言葉に目を見開いて、何も言えなかった。
それはその場にいる全員が同じように思ったらしく、場にぽかんという効果音がつきそうだった。
「それに後は、皺の寄った見苦しい老女。シミが出来て皮膚がたるんで皺皺でとても見てられない。まったく女ってのは劣化が早すぎる。その癖、プライドだけは大事にしていて偉そうなんだからまったく馬鹿みたいだ、ハハハ」
彼は皆に受ける面白い冗談を言ったみたいに笑って、同じテーブルについている人をうかがった。
しかし誰一人として笑っていないし、なんならルシュール公爵夫人の顔は引きつっていて、気持ちを抑えるようにワインを口に運んだ。
「醜い人間など美しい私に見合わない。話をするだけでもその穢れが移ってしまう。だからこそ分をわきまえて端の方でブスはブス同士固まって、醜い子供でも生んで満足していればいいんだ。幸い私は身目だけはいいグレースと結婚するのだし」
彼は反応が返ってこないことを肯定と受け取ったのか、続けてペラペラ口を動かす。
「きっとグレースの生む子供は私に似て美しいだろう。それだけは嬉しく思ってるんだ。年増だろうとな」
そう締めくくって、最後にはグレースをほめてやったつもりでいるのか、フレデリクはちらりとグレースのことを見た。
そしてグレースは、やっと正常な思考を取り戻してから短く息を吐きだす。
これはいけない。
これが、単に機嫌が悪い時の悪態なのか、それとも彼の心の中にある本音なのかはわからない。けれどもとにかく許容するべきではない。
「……フレデリク」
「なんだ?」
「今の容姿に対する差別的な発言は訂正するべきだわ」
グレースはとても静かな声で冷静に言った。
「なんで?」
「とても受け入れられる発言ではないからよ。家族しかいない場であっても傷つく人はいる。そういう配慮を忘れてはいけないし、人間は外見ですべてが決まるわけではない」
「だからぁ?」
「外見は努力ではどうにもならないこともあるし、変えられないことも多い。それになにより、人を外見でしか見ることができないと多くの人に知らしめるような言葉を言っても、あなたにはなんの得もない」
「……」
「私たち貴族の生活は多くの人によって支えられている、食べる物も着る物も作ってくれている人がいて、そういう人に貢献する力を持って、努力をする人が私は美しいと思う」
「……、」
「顔の造詣が、人から好意的にみられるものかどうか、それだけが人の価値ではない。訂正するべきだわ」
「……っ」
グレースがきっちりと言い終わると彼は、両腕を振りかぶってテーブルを思い切りたたきつけた。
小さく食器が揺れて花瓶はくるりと花を揺らす。
ものすごく不機嫌そうな顔をして、フレデリクは眉間にしわを寄せてグレースに怒鳴りつけるように言った。
「偉そうにしやがって、誰のおかげで結婚できると思ってるんだ! 帰る!」
そうして椅子を蹴とばすようにして立ち上がった彼は、かつかつと靴音を鳴らして歩いていき、ダイニングホールから去って言ったのだった。
「はぁ~……」
グレースはよそうと思っているのにどうしても盛大なため息が出てしまって、頭を抱えてく項垂れた。
仕事場のデスクの上には二枚の書類が並んでおり、それら自体には何の問題もない。
むしろとても喜ばしいグレースの成果を認める書類であり素晴らしいものである。
しかしそれを手放しで喜べるメンタルではなく、グレースは前髪を少しくしゃっとしてから少し整えて顔をあげた。
すると隣の席の同僚のヴィクトルから声がかかる。
「盛大なため息だな」
「ごめんなさい」
「いや、君がそんなになっているのなんて珍しいと思って」
「……」
「悪い知らせが届いたのか?」
そう言ってヴィクトルはグレースの机の上の書類を見た。
それらは、上質な紙に魔法協会の印が押されており、グレースが開発した魔法具を承認し販売や流通を認め、開発者がグレースであることを保証してくれる正式な書類だった。
「魔法協会からの承認じゃないか……長くかかったがこれで多くの女性を虜にできるな」
感想を述べるヴィクトルは間違っていない。
グレースが開発した魔法具は二つ。主に美容に関するものであり、魔法協会にとって優先順位の低いものだったせいで承認に時間もかかった。
どんな魔法具かというと、グレースの属性魔法である水の魔法を使った癒し効果のある洗顔水を作り出す魔法具が一つ目。
二つ目は、稀少な白魔法を組み込んで、治癒の力で皮膚の劣化を防ぐ保湿クリームだ。
水魔法は生命力を源にして自己治癒を促進させる魔法なので、トラブルの元になる原因を早いうちに治す役割を持ち、白魔法は治癒能力に関係なく人をより良い状態に戻す作用があるので、肌の劣化にも対応ができる。
それらを研究して今でも自身でも利用しているためにグレースの肌の状態は普通の女性に比べてずっと良かった。
そして多くの悩める人のためになればと思っていたけれど、魔法の開発を始めたきっかけは別のところにあった。
「女性は人生を美しさに左右されることも多い、まだまだ女性爵位継承者は少ないからな、将来のために是が非でも肌のトラブルを避けたい人間は多いだろ」
「……ええ」
「だからこそその思いに焦点を当てて、より革新的な美容法を編み出して、利益につなげようというのは誰も見つけられなかった大きな商機だ。物にすることができて、喜ばしい……んじゃないのか?」
彼は腕を組んで考えながらそう言い、グレースに首をかしげながら問いかけた。
言われてたしかにそういう側面だってあるとは思う。
ヴィクトルがそう思っていたのも自然なことで、グレースの研究の理由は”彼”のプライドもあるだろうしと口外していなかったことだったが、それも今は意味をなさない。
なにもそんな大きな市場を見つけて商機見出しそれらを金銭に代えようと企んでいたわけではない。
グレースはそれほど野心家ではないのだ。
「……」
「違ったか? 私は女性のことはやはり女性が一番わかっているのだなと感心したが」
「……ありがとう」
「いや。男はどうにも大きな野望に目を向けがちだ。君は地に足着いた戦略家なのだと思ってた」
「それも、ありがとう」
「それで、なにがそんなに君を杞憂にさせているんだ」
「……そうね」
雑談を交えて最終的に話は戻り問いかけられて、グレースは吐き出すように言った。
「ただ、私が魔法学園を卒業して研究職に就いたとき、ちょうど婚約者が繊細な時期だったのよ」
「繊細、というと?」
「大人に成長する過程で、いろいろと難儀する時期。彼はとてもかっこいい顔立ちをしていて幼いころからずっと一目置かれていたから……できもの一つで酷く悩んでいて」
「たしかに繊細な時期だな」
「ええ、だから少しでも良くなるように、自信を持ってほしくて解決策を提示してあげたくて作ったものなのよ」
フレデリクのことを思い出す。
小さなできものができてこれでは人前に出られないと、とても悩んでいた彼に大丈夫だと言いたかった。
「だから婚約者として身内のために魔法を作った。販売ではないから承認もいらないし、そうしたらみるみる良くなって今でも愛用していると思うわ」
「素晴らしい愛情だな」
「そうね。愛情……一方的な」
「?」
自分で皮肉を言ってグレースは笑った。
それを自分でも利用していたおかげでグレースは歳のわりに美しいと言われることになったけれど、それが今回の引き金だった。
「振られたわ。相手は結婚相手なんて選び放題だし。自分が悩んだ期間が短かったからかすっかり忘れて人の容姿をさげすむことを平気で口にしていたの。それを注意したのよ」
「……それで振られたのか」
「ええ、彼のプライドが許さなかったのね」
「……」
「もう私もこんな歳だし、その事実がどうしても重くてね」
「……君の手前、こんなことを言うのはなんだが」
グレースが笑うと彼は、真面目な顔をして一つ前置きをした。
促すように首をかしげると、続ける。
「器の小さい男だな。君の愛情も知らずに」
まっすぐな言葉に、少し驚いた。慰めるでもなくとても当たり前のように言ったから。
でもその言葉が嬉しくて、困り顔で笑った。
それにこういう結末になるとわかっていても彼の言葉は一線を越えていて口を出さずにはいられなかった。
怒っている気持ちもあった。許せないことだった。だから仕方ないと受け入れられる。
「ありがとう。そういってくれて。慰めになったわ」
「……」
「もう大丈夫、切り替える」
ふう、と息をついて切り替えると彼は少し笑ってそれから返す。
「無理するな。それに、君が看過できないようなことを平気で言うような人間だったのだろう。きっとどこかで痛い目に合う、そして君のことを思い出す。後悔するさ」
ヴィクトルの言葉にそうなってほしいと自分が願う気持ちはとても醜いものだと思ていた。けれど彼に言われるとそんなことはないと思える。
そう思う気持ちはとても当たり前のことで、そう思えたら、と苦い気持ちも薄まっていく。
そして月日は過ぎていった。
そしてある日、事件が起こった。
それはとてもありきたりな事件で魔法を使った傷害だった。
口論の末にそれは起こり被害者は元婚約者の彼、フレデリクだった。
彼は、あの日のグレースの言葉を聞いても自分の価値観を変えることはなく新しい婚約者を好きに選び、美しさこそなにより優先される指標だと信じてやまなかった。
そしてそのまま外見を気にする女性に対して無礼なことを口走り、風の魔法の刃で顔を袈裟切りにされた。
眼球は一つつぶれてしまい、顔には大きな傷跡ができケロイド状に盛り上がって指でなぞればごつごつとした段差になっているだろう。
傷を負ったストレスでは肌も荒れて、見るも無残な姿になっていた。
グレースが開発した魔法では大きな傷などは治すことができない。
魔法を直接使うのではなく物に付与してその間接的な魔法の効力によって小さな肌の傷を治療して調子を改善するだけのものだ。
魔法協会に所属している魔法使いの中で白魔法使いの治療にありつければなんとかキレイに元通りになることは可能かもしれないがそれはとても小さな可能性だ。
「……」
「……」
彼はきっとこのままずっと生きていくことになる。
それは彼もわかっている事実らしく、重たい空気が部屋に充満し、グレースはもし彼が最後の希望としてグレースを頼ろうとしているとしても、白魔法を使わなけば治らない事情を説明する心の準備をしていた。
事件があってしばらくしてこうしてグレースのところに来たのだから、心を入れ替えてほんの一縷の望みをかけて今の状態からの改善を願っているのだろうと判断できる。
そうして向き合って、フレデリクが口を開くのを待った。
彼は苛立たし気に目元をゴリゴリと掻いて、それからはぁっと大きなため息をついた後、グレースに言った。
「やっぱり君と結婚してやってもいい」
……え?
「まったくあの老女め、許さないぞ。腹立たしい。醜い人間はこれだから嫌いなんだ。嫉妬ならなんでもしていいのか?」
そして彼はグレースに聞かせる言葉ではなく、拳を握って組んだ足を揺らしてぶつぶつと言葉を続ける。
「それに、この私が被害者だというのにどうして彼女は罰はあんなに軽い。ふざけるな、私は死ぬような思いをしたんだぞ。どいつもこいつも手のひらを返しやがって」
「……」
「腹立たしい。今まで私についてきたくせに、媚びていたくせに、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ、クソ」
恨み言を吐き出して、誰に向かって言っているのかわからないような言葉を連発する。
そうして一頻り気持ちを吐き出すと、目の前にグレースがいることをやっと思いだしたかのようにこちらに視線を向けた。
「君は、嬉しいだろう。まったく私は不本意だがな。なんせ年増の行き遅れ女だなんだ、公爵夫人として私の隣に並ぶ地位はさぞ魅力的に映るよな?」
怒り、自分のことをないがしろにされている理由を彼は理解しているはずなのに、それでも自分のことを最上位において上から目線でグレースに物を言う。
そしてやっと理解した。きっと彼は、事件があって以来ずっとこうなんだ。
だから多くの人は彼から離れた。今まで顔で許されていたことが許されなくなった。それを彼は自覚できていない。
外見の悪い人をさげすみながらも、自分がそうなる可能性も考えなかったし今もそうなったと思えない。
そうして仕方なく、最終的に喜んで自分の言う通りになってくれそうなグレースの元へとやってきた。
……それってきっと、長年の婚約者っていう理由もあるでしょうし、なにより……。
「よかったじゃないか、君にとっては幸運なことだろ? 私にとっては不幸以外の何物でもないけどな。君に私は見合わないが、仕方ない、一番悪い選択肢でも、論外のような不細工どもとどうにか結婚するのなんてごめんだ」
「……」
「それで式はいつにする? さっさと上げて、一旦領地の屋敷の方に戻ろう、それがいい、おい、聞いてるのか?」
「……」
「グレース」
「……聞いているわ」
でも彼はきっと心の奥底で矛盾に気が付いている。
外見があまりよくない人たちや年老いた人に対して差別するようなことを言っていても、自分もその立場の人間だという矛盾に気が付いている。
しかし、自覚したくはない、自覚しないままでないと自分を保てない。
それほどまでにプライドが高くて、人を貶めることでしか自分を保てない人だ。
そしてきっと甘える気持ちもある。
グレースならきっと今の状態の自分でも、それを理由に見離したりなんかしない。
振ったのだって自分からだったし、こういえばきっとついてくると思っている。
つまるところ結局、フレデリクは思い知っていなかった。
こんなことになるのが当然と思われるようなことを口にしておいて、いけないことだとも思わずに、痛い目を見たのに本質は見て見ぬふり。
ヴィクトルが言った言葉は半分正しかったけれど、半分は外れた。
後悔して思いだす、彼にはそんな殊勝な気持ちなど存在していなかった。
「でも、ごめんなさい……」
「?」
「私、あなたとは結婚できないわ」
あの日のグレースの言葉も、今回の事件もなんの教訓にもなっていない、彼はただ自分は美しく美しくない人間などないがしろにして当然で、それこそ人のすべてだと思っている。
そしてそれはとても醜い価値観だ。
「だってあなた、私が言った言葉も、こんなことになってしまった理由もまったく理解していないのだもの」
「……」
「私は言ったわね。あなたにきちんと、外見だけがすべてじゃないって」
「は? そんなの、戯言だ」
「真実よ、そんなもので人を差別して酷い言葉を投げかけていいと思っていたから今回のことが起きた、違うの?」
「違う! あの女は逆上して!」
「まったくいわれのないことで切り付けられたなら、もっと罪が重いはずだわ。調書も読んだわ、あなたには非があった。それは変えようのない事実よ」
グレースの声には怒りがにじんでいて、それでも彼に伝えるために冷静に言葉を紡いでいく。
片方の目だけでグレースのことを睨みつけて、彼は「黙れ」と短く脅すように言った。
「そしてそうなった。でも、私のところに来るぐらい、多くの人に振られたのでしょう?」
拳を握り、表情を崩すと彼の顔はさらに酷くなる。
「でもその理由は顔だけではない。あなたの地位は、美しい女性を娶るのに申し分ないわ。でも私のところに来るしかなかったのはなぜ?」
「それは……」
「多くの人は、あなたのその歪んだ価値観と巨大なプライドを見てあなたを判断したのでは無いかしら。将来、若さも美しさも失った後に、愛してくれる思いやりがあるかどうか、優しさを与えてくれるか? そう考えた時に、答えは否だった」
「……」
「だから振られた、あなたは自分のせいですべてを失っている、ただそれだけよ。もし顔が元に戻っても今のままではきっと必ずどこかで同じ目に合ってすべてを失っていた。だからあなたの今は必然で正しいものよ」
グレースが言い終わると、フレデリクは拳を握って小刻みに震わせる。
歯を食いしばり鬼のような形相になってグレースを見つめる。彼はあまりの怒りに少し裏返った声で言った。
「えら、そうに……この……」
「それにね、フレデリク。あなたは見て見ぬふりをしようとしてるけれど、そのままの価値観でなんていられない。価値観をそのままにプライドを保ってなんていられないわ」
グレースは右手の手のひらを宙に向けて開く。
すると小さな水が音を立てて生成されてキラキラとした魔法の光が当たりに飛び散る。
水はこぶし大まで大きくなるとくるりと平たい円状に広がる。
「はぁ……?」
突然の魔法に疑問を持ってフレデリクは間抜けな声をあげる。
きちんと移っているか確認してから、グレイスはその水鏡をくるりと回転させて彼の方へと向ける。
「だってこんなに醜いのよ。あなたは自分で自分を差別するの? 外見がすべてではないと思うことまずはそこから始めるべきだわ」
「っっ!!」
自分の顔が映ると彼は打たれたように飛び跳ねてソファーに沈み込む、目をつむってぶんぶんと手を振った。
「違うっ、違うんだ!! ちがう! こんなのは私じゃないんだ!」
「あなただわ……自分に見合わないと言った、外見がよくない人たちとお似合いの顔をしているわ」
フレデリクの言葉を引用してグレースはわざと彼に言った。
「私なんかよりずっと劣っている、見ればわかるでしょう?」
「っ、はぁっ、はっ、ぐ、っ違う、違うんだ!」
「あなたの外見しか見ない価値観ではあなたの価値は最底辺よ。見るに堪えない。……ああでも」
「はぁ、っ、ちがう、違う」
「でも、こんな醜い顔でも、フレデリク。……とてもあなたにお似合いよ。あなたの醜い心にとてもよく似合った顔だと私は思うわ。でも私には見合わない、結婚なんてするはずないわ」
「やめてくれ、私は、私は」
「あなたはそんな人間なのよ。心も顔も醜くてどうしようもない人間よ。いい加減、現実を見るべきね」
頭を抱えて、涙声で言う彼にグレースは丁寧に言葉を紡いで笑みを浮かべた。
お似合いの顔だと言った言葉はひどい言葉だと思う。
けれど、そんなはずがないと思えるような未来が彼に来たらいい。外見なんて中身とはまったく関係がなくていかようにも変えられる。
そして彼も外見以外で人を見ることを知ってほしい。
そうなることがきっと一番早い解決策であり、グレースが結婚を受け入れて彼を慰めることなんかよりもずっと人生にとって大切なことだ。
この出来事がフレデリクの中で大きく傷を残し、変えていくきっかけになったらいい。
と、とても崇高なことを言い訳にしたけれど少し怒りをぶつける気持ちもあったのは自覚していた。
グレースだって綺麗なだけの人間ではない、でもより人として美しく潔い人間でいたいと思っている。きっとみんなそうだろう。
外見みたいに一概にどんなふうが正解だと決まっているわけではない。人とはそれほど複雑で、その中でもよりいい人になろうともがいていたり、苦しんでいたりする。
それを一つの側面を見てしったふうな顔をしてすべてを否定するようなことは誰のためにもならない。
「もう話すことはないわ。あなたは今のあなたと向き合ってどうしたらいいのかきちんと考えるべきね」
そう締めくくって、応接室の扉から出る。彼は静かに泣いていたが慰める様なことはしないしもう手も貸さない。
それはある種の優しさであり、思いやりだったが、外見で判断してプライドを満足させてくれる人だけを正しいと思っていた彼には、伝わらない愛情なのだった。
彼はしばらくして社交界に姿を現さなくなった。
自分の姿を見せたくないと思う程度には、自分のことを自覚したのだと思うが、きっと外見と折り合いをつけるのには時間がかかるだろうと思う。
そしてグレースはバリバリと仕事をしていた。
結婚できる機会を二回も逃したので、当然の結果だが新しい相手を探すことはあきらめて、仕事に打ち込んだ。
承認の降りた魔法具の制作を魔法使いたちに依頼し、こまごまとした手順の規定やそれぞれの物がきちんとした製品に仕上がるように工程を変えたりして対応していた。
それは割と骨が折れる作業で、抱えた書類の束を持って、いつもより若干乱暴に椅子に腰かける。
デスクに書類を置いて、少し休憩しようとふーっと息を吐きだすと、ちらとこちらを見たヴィクトルと目が合った。
「……最近忙しそうだな、グレース」
「それはもう……見ての通り仕事にしか生きがいを感じられない状況だから」
「そんなことはないだろう。むしろそうすることによって機会を失っていないか? 声をかけるいとまもない」
グレースの皮肉に対して、ヴィクトルは苦笑して返すがその言葉はまるで彼が声をかけたいと思っているみたいな言葉だった。
なにか、用事があったのかとはたと考える。
「ごめんなさい。なにか用事があったの?」
「……たいしたことじゃないが、時間はないんだろう?」
「ええ……一ヶ月ぐらいは忙しいかしら、それ以上かも」
「友人と食事に出かける余裕もないか」
「……作ることは可能よ」
ないといいきることはさすがにできずに、頭の中でどうにか予定を組み替えて隙間の時間を作れないかと考える。
仕事の合間にランチを一緒にということならば、どうにか予定を開けられそうだったが、忙しなく話をすることになっても嫌だろうし、忙しい今週ではなく来週にと考える。
しかし彼は「いいんだ。時間を取らせるのはわるいから」と言って用件をそのまま言った。
「もし決まらないようなら結婚しないか?」
「え」
「君の婚約者の話を聞いて以来。君の愛情は深く優しくてそしてとても一途で素敵だなと思って」
手短に用件を済ませるために彼は直球にグレースのことをほめる。
しかし五分後には、また別の魔法使いとの打ち合わせに向かわなければならないし、頭の中は忙しない。
「ああ、もともと頭がよくてきれいな人だとは思っていたんだ。ただ他の男に対する献身を聞いてこう思うのもなんだが、好意的に想っている。返事はいつでもいいから、忙しいんだろ」
「え……ええ」
「無理せず頑張ってくれ。応援してるぞ」
「ええ……」
そう言って彼は、席を立って、それじゃとまるで仕事の話をしていたかのように当たり前に去っていく。
心の美しさの大切さを誰より重視してフレデリクに説いたグレースだったがまさかそれで見初められようとは思っておらず、こんなことってあるのかと思う。
しかし認めないわけにもいかないし、それにジワリと気持ちが広がる。人の行動や考え方を見てくれている人はいて、それは何かに結び付く。
嬉しい、でもどうにも心臓がうるさいほど主張していてグレースは笑みのような苦しげなような難しい顔をした。
そして彼の告白を真剣に考えようと思ったのだった。
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