ふたりの場合 菅沼さん×原田くん編 第4話
「菅沼さんって、誕生日いつなんですか?」
原田くんに、ほとんど強引に食事に連れて行かれた後、彼は私のマンション前まで送って来てそんな質問をする。
この年になると、異性にあまり聞かれたくない話題だったりもする。
あえて年齢じゃないところが、私への気遣いにも感じるけれど。
だから、
「なんで……、そんな事聞くの?」
ちょっと言い方が冷たくなってしまったかな……と、冷静を装いながら彼を確認すると。
原田くんは、あまり気にする風でもなく、いつもの笑顔でストレートに気持ちをぶつけてくる。
「そりゃ、好きな人の事はなんでも知りたいですよね」
なんて、サラリと言われてこちらが赤面してしまった。
おもむろに、私の前に立って、左手を両手で包み込むように掴むと、
「菅沼さん、指細いですよね、それに手も綺麗」
菅沼さんは頭から足の先まで綺麗ですけどね、なんてとんでもない事を言い出すから、彼の顔がまともに見れなくなってしまう。
手をはなして、と。手をはなさないで、と。
真逆の感情が渦巻いて、もどかしい私の心。
彼に微かな抵抗をするのが精一杯だった。
「……ちょっと、原田くん」
「あ、すみません。ベタベタされるの、嫌ですか?」
口では謝るけれど、一向に手を放す気はないらしい。
「……」
何も言えなくて、視線を泳がすばかりの私。
そんな私の反応を見て、楽しそうに笑う彼。
「あれ?でも、その顔は、まんざらでもなさそうですよね?」
「……」
何か一言、言ってやりたくても口がからからで、心臓がうるさすぎて、考えがちっともまとまらなくて。
悔しいから半眼で睨んでみたけど、あまり効き目はなかったようだ。
「僕は、好きですよ。ベタベタするの。ホントならずーっと、ベタベタしてたいくらいなんですケド」
私の胸の内を知ってか知らずか、自分の感情をストレートにぶつけて来てくれる彼。
ストレート過ぎる彼の感情に私まで、どうにかなりそうだ。
「あ、そうだ」
そう言いながら、スーツの胸ポケットからピンクの細いシフォンのリボンを取り出す。
そして、私の左薬指に器用にリボン結びをしてみせた。
「出来た」
満面の笑みの原田くん。
「は、原田く……ん?」
これは何を意味しているの?
不思議そうに見つめ返すと直ぐさま答えが返ってくる。
「ここに、本物の指輪をはめさせてください。これは予約ってことで。……って事で、誕生日いつなんですか?」
真摯な視線でそう問われ、呼吸が止まりそうになった。
本当に私で良いの?なんて聞いてしまったら、彼はなんと言うだろう。
多分、私の望む答えを返してくれる予感は、する。
でも、聞いてしまったら引き返せなくなりそうで、怖い。
本当に、私で良いの?
私、あなたより年上なんだよ?
いつか、いつかきっと、後悔させてしまうんじゃないか。
それでも、彼は私に笑いかけてくれるだろうか。
嫌な思いが、ぐるぐる回る。
「あ、あの。……原田くん」
「はい?」
見上げると、いつものふんにゃり笑顔。
ああ、なんだろう。この笑顔で、私の悩みが一瞬で溶かされていくのがわかる。
一呼吸おいて、彼の最初の質問に私も答える事にした。
「……8月」
「8月の?」
私の左手薬指に優しい口づけを落とし、耳元で囁かれる、それは、甘い永遠。