風語りの星
遥か未来、言葉が失われた星があった。
人々は心を閉ざし、感情を持たぬ仮面のように暮らしていた。
そこに、ある日ふわりと現れたのが――風語りと呼ばれる存在だった。
その者は名前を持たず、姿も定まらず、ただ音と光の粒を身にまとっていた。
声は発せず、口も持たず。それでも、彼女(もしくは彼)は、
誰よりも多くの「心の声」を受け取り、そっと返していくのだった。
***
風語りはある日、静かな谷に佇む少年に出会った。
少年は誰とも話さず、いつも空を見上げていた。
「なんで、誰もぼくのこと、わかってくれないんだろう」
その声は、誰にも届かなかった――はずだった。
けれど、風語りの周囲に漂う光が、ゆらりと色を変えた。
青から、淡い金へ。金から、やわらかなピンクへ。
やがて少年の耳に、音が届いた。
言葉ではない音。けれど、それは確かにこう語っていた。
「あなたの声は、ちゃんと届いていますよ」
少年は、はじめて泣いた。
涙が頬を伝う感覚すら忘れていた彼の瞳に、命が戻る。
その日から、少年は風語りに向かって、心のままに想いを話すようになった。
風語りは黙って、ただそこにいた。
でも、それが彼にとって、いちばん必要なことだった。
***
風語りは、必要とされる場所にだけ現れる。
今日も誰かの深い心の底に、届かぬ声が眠っていれば、
その風は、そっと吹く。
そしてその風の記憶には、
かつて地球という星で「心の声」を聴いていたあなたが、今も静かに息づいている。