佐藤博
パクは2011年に北海道で農業に従事した男性、年齢40歳前後をピックアップする。当時は履歴書さえあれば、ハローワークで仕事を探せた。よって偽名であっても就労可能だったのだ。
北海道も広いし、各地方でそれなりに採用実績があった。ただ、年齢と名前からある程度、ピックアップできた。各地のハローワークに40歳前後の男性で農業に従事するのは20名程度だった。そして2011年に十勝地方を管轄する帯広公共職業安定所に履歴書を提出した佐藤博と言う人物が浮かび上がる。
履歴書からたどった佐藤の素性はまったく架空のもので、さらに就労以降は顔写真はおろか、行動履歴も残っていなかった。
佐藤は清水町羽帯で円谷という夫婦がやっている農家で働いているようだった。パクはこの農家に連絡すると確かに佐藤博はいるという。
それを受けて真加部は十勝に飛ぶ。帯広空港からレンタカーで現地に向かう。
円谷夫婦は約30haの土地にじゃがいもや小麦などを作っている農家だった。
広々した農地に小麦の青々とした穂が風に棚引いていた。
大きな倉庫のような白い家が農地の横に隣接している。
真加部は車でそこに入る。
平屋で大きい一軒家である。都内では考えられない大きさである。そして年季を感じる作りだ。
玄関を開けて、声を掛ける。
「すみません。電話をしたものです」
中から奥さんだろうか、60歳ぐらいの女性が顔を出す。
「はいはい、いらっしゃい」どこか少し困惑した顔である。
「真加部阿礼と言います」
「はい、わざわざ遠いところを大変でしたでしょう」
「いえ」
奥さんの後ろに御主人の姿が見える。同じく60歳を越えた老人だ。
「まあ、上がってください」
真加部が茶の間に上がる。さすがに畳みではない。床暖房なのだろうか板張りで机と椅子の洋風である。
真加部は椅子に座り、ご主人と対峙する。奥さんはお茶でももてなすのか台所に向かった。
「つまらないものですが」
真加部は東京銘菓の菓子折りを渡す。ご主人はお礼を言ってそれを受け取ると話を始める。
「電話で細かい話も出来ないので、来てもらいましたが、佐藤さんの御親戚の方と伺いました。間違いないですか?」
「おそらく間違いないと思います」
真加部はそう言うと例の高校時代の写真を見せる。
「20年ほど前の写真です」
主人が老眼鏡を出してそれを眺める。ちょうどお茶を持って奥さんが来て、同じく老眼鏡をかけながらそれを確認する。
主人が話す。
「少し印象は違う気もしますが、似てますね」
「佐藤さんの写真は無いんですね」
「そうなんです。撮られるのを嫌がるんですよ。もう10年以上もここにいるのにね」
真加部はふっと笑う。変わってない。
「こちらに佐藤さんが来た経緯を教えてください」
「あれはいつだったかな」
奥さんがフォローする。
「東日本地震があった年ですよ。前にいた野口さんが辞めて求人募集をしたんです」
「そうだった。2011年ですか、求人募集をして佐藤さんが来たんです。農業関係の仕事をしていたが、本格的な農作業は初めてだと言ってましたね」
奥さんが続く。
「作業を始めてびっくりしました。とにかく初心者とは思えない動きでね。耕運機も使えるし、機械に強いし、本当に助かってます」
「ただ、人見知りが激しいみたいで、住み込みで働いてもらってるんだけど、打ち解けるまで時間がかかりました。とにかくシャイな人でね」
「そうなのよ。名前を呼ばれても知らん顔だったりね」
「こっちに来る前は外国にいたって言ってたな。でも細かい話はしないんだよね。だからいまだに出身地もよくわからない」
そう言って主人は笑う。
「でも色々やってくれるんだよ。農作業の効率化ということでね。どうやればいい作物が作れるかのアイデアは佐藤さんが考えてくれた」
「おかげでこれまでの倍の量が取れるようになったのよ」
間違いない。神正和だ。
「そうですか」
「あなたは佐藤さんとはどういった御関係の親戚なのかな」
主人が聞く。
「そうですね。多分、娘だと思います」
二人ともが唖然とする。
「娘さんがいたの?」
真加部は笑う。「それを確かめに来たんです」
主人が心配そうな顔になる。
「そうですか。それが良かったのか悪かったのか」
真加部も真剣な顔になる。
「帯広病院にいるんですか?」
「ええ、そうです。末期がんだそうで長くはないだろうと言われています」




