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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
真加部阿礼
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神正和(じんまさかず)

 探偵社に戻った真加部は早速論文を精査する。

 真加部にとって物理学は勉強したてで、化学や数学もこれからである。とにかくこの論文が意図する内容を理解するために必死で勉強した。そうしてその内容だけはある程度理解できた。

 パクはパクで、神のその後と中国側が動いた背景を探る必要がある。あらゆる情報を掴み、さらに分析した。

 そしてようやく何かが見えてきた。


 探偵社のパクの部屋で、二人が打ち合わせをしている。

「阿礼、いよいよ最終段階だ。お前の過去があらわになる」

「そうだな」

「神の論文は理解できたか?」

「ああ、これはすごい発明だよ。クリスパーキャス9を凌駕している。それが2000年に発表されてたんだ」

 クリスパーキャス9の論文が発表されたのは2012年で、2020年にノーベル化学賞を受賞している。

「具体的に神が言ってるのは、どういうことだ?」

「クリスパーキャス9はDNAのある部分をターゲットにして、遺伝子改変を行う。遺伝子の部分標的といった技法になる。暑さに強い稲だとか、糖度をあげたイチゴだとか、そういうものは作れる。ただ、この神の理論だと遺伝子改編がどの部分でも自由自在にできる。一部じゃないんだ。一気に望んだ遺伝子すべての改編を行えることになる。それも正確にだ」

「つまりは、とてつもなく大きなイチゴで、ものすごく甘いものが作れるというのか?」

「そうだ。さらに種も無く、白いイチゴもできる」

「それはすごいな」

 パクの目が輝く。

「ただ。この論文だけだとそれを行うことは出来ない。ここにあるのは理論式と推論だけなんだ」

「じゃあ、本当に作れるかは、はっきりしていないということか?」

「いや、実際に神はそれを作り出してるんだ。それを実証するのが、あの黒い薔薇だ」

「ああ、そういうことか」

 パクは真加部が現地でもらってきた薔薇の画像をモニター上に表す。

「確かにまさしく黒だ。漆黒だな」

「俺は自分の誕生日に神からこれをもらったと思う」

「そうなのか、子供の頃だな」

「そう。だから確信している。神であれば完璧な遺伝子改編を行うことができる」

「だからこそ中国がその技術を狙っているのか」

「そういうことだ」

「こっちもそれではっきりしたぞ。なぜ、中国が躍起になっているか」

「情報があるのか?」

「約4カ月前に中国で量子コンピュータの試作機が完成したようだ。もちろん秘密裏にだ。そいつにある命題を与えたらしい」

「命題?」

「ああ、10年後、世界の覇権を握るために必要な研究課題は何になるという命題だ。量子コンピュータが過去から現在までの世界中のあらゆる論文や研究成果、それと研究中のテーマを元に推論させた。その結果、その神の論文が出てきたということだ」

「それは確かなのか?」

「国家の上層部で、『崛起項目』というプロジェクト名が何度か散見された。英語でプロジェクト・アセンダントと言う意味だな。いわば覇権プロジェクトとでもいうものだ」

 真加部は考え込む。

「今後、10年で世界の王になれるという技術なのか」

「そういうことだ。神の遺伝子改編技術はそういった意味を持つ。量子コンピュータがそれをシュミレートしたということだ」

「すごいな」

「ああ、そう思うぞ」

 真加部がつぶやくように言う。

「神はどうなったんだろうな」

 パクは真加部を気遣って少しずつ話をする。

「神は2007年に学校をやめてタイに行った。どう考えても阿礼を探しに行ったと思う」

 真加部はパクをじっと見つめる。

「そして2011年までバンコクにいた。おそらく阿礼を探し続けたんだ。ただ、残念ながら阿礼は見つからなかった。そしてあきらめて帰国した」

「5年間か」

「そう、5年間探し続けた。神はタイでは業務用のビザを取って無かったようで、帰国時に反則金を払っている。その履歴が残っていた」

「その後、日本に戻ってからの足取りはまったくつかめていないんだよな」

「そういうことだ」

「どこに行ったんだろう。パクのほうで調べられないか?」

「いや、難しいな。その年齢の男性は日本に多い。生きていれば61歳だ。60万人ぐらいいる。神正和と言う名前では検出できなかったから、名前を捨てたとも思う。もしくはすでに亡くなったか」

 真加部は首を振る。

「死亡証明書は無かったのか?」

「無かった」

「でも死んだら、何か残らないか?遺体が見つかるだろう。どこかでのたれ死んで、無縁仏になって骨にでもなってるのか?」

 パクが真加部に真剣な眼をむける。

「ここからは阿礼の勘が頼りだ。調査するにも闇雲じゃ無理だ。もう少し条件を絞り込みたい。お前の父親だ。どういう行動を取ると思う。いや、阿礼ならどうする?」

「俺だったら?」

「神のDNAはお前に引き継がれてるよな。だから似たような行動を取る気がする」

 真加部は考える。

「5年間探し続けて、結局娘は見つからない。失意のあげく、帰国した。生きる希望もない。さて、どうしよう」

 真加部が目をつぶる。

「自分を捨てるな。もう神正和をやめたい。ただ、生きていかないとならない。そうなると名前も変えてどこかに行く」

「どんな名前でどこに行くんだ?」

 再び真加部は沈思黙考する。

「そうだな。よくある名前がいいな。元の名前がわからないような。うーん、そうだな。鈴木。あるいは佐藤、ありふれた名前がいい。世の中に埋没できる様な」

「なるほどな。それでどこに行きたい?」

「茨城には戻らないな」

「だって京香さんのお墓があるんじゃないのか?」

「墓は墓だ。京香じゃない。死んだらおしまいだ。そんなものに何の意味も無い」

「ほー、じゃあ、どこに行くんだ?」

「そうだな。自然の中に埋没したいな。あ、そうだ。北海道なんかいいな」

「北海道?ずいぶん飛躍するな」

「だって農作業が好きなんだ。一人で作物と会話するのが好きだ。人間はもういい」

 パクが唖然とする。真加部は目をつぶって神になりきっている。

「どこかの農場で働かせてもらおう。そう名前は佐藤だ。そこで静かに暮らすんだ」

 パクがずっと黙っているので、真加部はようやく我に返る。

「まあ、そんな感じだ」

「なるほど、そういうことか、じゃあその条件で当たってみる」

「そんなに簡単に行くか?中国が国家を上げて探しまくったんだろ」

「どうかな。国家の力より、遺伝子の力を信じるな」


 そうして遺伝子が勝った

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