江古田署
パクの調査が一通り終了し、真加部は次なる目標達成のため、江古田署を訪れる。
依頼された案件の報告書を前に西城と駒込が神妙な顔をしている。
「そういうことか、じんさんで神ということか」西城が唸る。
「思いもよらなかったですね」駒込も応じる。
「そうだ。中国側が漢字をそのまま訳したということだな。まあ隠語として使ったのかもしれないがな」
「それで農業高校から無くなった箱は実験資料だと言うんだな」
「そういうことだ。ただ、その裏付けが欲しいんだ」
「裏付け?どういうことだ?」
「現地でヒアリングしたい。関係者の声を聞きたい」
「そういうことか。農業高校へ行く必要があるんだな」
「そう、それと神さんについて、もう少し情報が欲しい」
西城と駒込が顔を見合わせる。西城が話す。
「なんでだ?」
「自分の仕事に責任を持ちたいからだ。不確かな情報だと探偵社としてのプライドが許さない。俺の仕事は常に信頼度100%にしたいからな」
西城は少し疑いの目を向ける。
「具体的には神さんのどんな情報が欲しいんだ」
「学校時代にどういった仕事をしていたのか、できれば同僚の話も聞きたい。それと顔写真も必要だな」
「ずいぶん、要求が多いんだな」
「西城たちが現地に行くときには俺も連れてってくれ」
ふたたび西城たちは顔を見合わせる。
「もちろん、俺の分の交通費は払うし、追加費用なども発生しない」
西城は不思議そうな顔をするも渋々了承する。
「まあ、いいか。署長からも早くしろって言われてるからな。わかった。車はこっちで用意するから一緒に乗っていけ」
「ありがとな」
「まあな。持ちつ持たれつだ」
真加部はこれまで、あまり持ってもらったことは無いように思うが、それは言わない。とにかく背に腹は代えられない。
翌日、江古田署が手配したレンタカーに乗って茨城農業高校に行く。
面会する教務主任は再びの訪問に少し面食らっていた。実際、パクの訪問を入れると3回目となる。警察がそれほど大事件でもないという割には、あまりに事情聴取が多いことに戸惑っていた。
真加部は前回、大学生設定で訪問したばかりなので、今回はマスクと眼鏡、さらには髪型まで変えていた。そうして別人化していた。
運転しながら駒込がバックミラー越しに真加部に質問する。
「その変装を見ると、教務主任と会うのは2回目なんですね」
「ん、まあ、そんなところだ」
助手席の西城が後ろに座る真加部に疑いの目をむける。
「大方、身分詐称で面会したということだろ」
真加部は知らん顔で外の景色を見ている。
「まあ、いいさ。真加部のおかげで事件が解決できればそれでいい」
駒込が西城に聞く。
「その神正和を中国の諜報員が探してるって話ですよね」
「そういうことだな。だから教務主任に神の話を聞きに行く。真加部の調査だとそこまではわからなかったんだよな」
「そういうことだ。神正和は2007年に高校を退職している。その後、タイに向かっているようだ」
「はあ、なんでタイなんだ?」
「住みやすいからだろ。当時は物価も安かったし、そういう日本人は多かったと聞くぞ」
「そうなんですか?」駒込が聞く。
「日本人の男は金持ちだっていうんで、女性にも持てたらしいぞ」
「じゃあ、西城さんもタイに行けばよかったですね」
西城が駒込の頭を小突く。
「あ、パワハラです」
「お前の方がモラハラだ」
真加部も気にはなっていた。神は京香が亡くなった後、バンコクに行っていたのだ。ひょっとすると神は真加部を探したのだろうか。ただ、神はその後、2011年に日本に帰国していた。そしてその後の行方がまったくわかっていなかった。
2011年以降は神正和と言う男がどこにも存在しなくなったのだ。




