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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
真加部阿礼
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佐藤聖(さとうひじり)

 真加部は先ほどの画像が頭から離れない。確かに自分の記憶の中にあるのだ。あの黒い薔薇、どこで見たのだろうか、それが思い出せない。さらにあの薔薇を奪って行ったのが中国の諜報員であるという。なぜ、あのなんの変哲もない薔薇を持って行ったのだろうか。考えてもまとまって行かない。

 さきほど、真行寺恵こと小峰恵に連絡したところ、今日の面会は難しいそうで、明日会うことになった。今は府中市に住んでいるらしい。

 真加部は探偵社に帰ろうと池袋駅から西武線に乗り換えていた。

「彼女!」

 大声で後ろから呼び止められた。振り返るとミャンマーで会ったあの男がいた。

「ああ」

 男は満面の笑みで近寄ってくる。

「奇遇ですね。日本に帰っていたんですか?」

「ああ、二日前だ」

「失敗しました。あの時、連絡先を聞いとけばよかった」そう言って少しはにかむ。ラガーマンらしからぬ態度だ。「ちょっと時間いいですか?」

「え、ああ、構わないけど」

「少し話もあるのですみません」


 いったん池袋駅を出て、駅前のコーヒーショップに入る。

 男は真加部に名刺を渡す。名刺にはJBSとあり、ディレクター、佐藤聖さとうひじりと名前があった。

「テレビ局と言っても下請けなんですよ。従業員も20名ぐらいでこき使われています」

 真加部はルポライターだと言っていたため、名刺は無いことにする。

「俺は持ち合わせがないんだ」

「いえ、大丈夫です。でも連絡先を教えてもらえますか?」

 真加部は番号を教える。はたしてこの男は本当に番組制作会社の人間なのか、少し気になる。

「ミャンマーでは世話になった」

「いや、こっちこそ。それにしても真加部さんはすごい。あそこまでのパワーを持ってる人を初めてみました。何かやってたんですか?」

「え、まあな。色々だ」そう言ってごまかす。

 佐藤は相変わらずの笑顔で、黒い顔に白い歯が浮かんでいる。歯磨き粉のCMのようだ。

「僕の話と言うのは取材も兼ねてなんですが、実は今、代理母の特集を考えています」

「代理母?」

「ええ、日本は代理母制度を認めていません。アメリカなどはほとんどの州が認めているのにです」

「そうらしいな」

「先進国の場合、非商業目的の場合については、ほぼ認めている。日本は全く認めていない。まあ、日本あるあるですか。とにかく政治の動きが遅い」

 佐藤は熱心に話をする。

「倫理的な問題があるのはわかります。ただ現実問題、海外で代理母制度を利用している日本人がたくさんいます。子供が欲しいが色々な問題で産めない場合には有効な選択肢だと思うんですよ。ところが日本だとそうして生まれた子供は戸籍上は赤の他人になってしまいます」

「日本は代理母のほうを母親として認めるんだよな」

「そうです。卵子は本当の母親のものだとしても、それを無視して生んだ女性を母親として認めます。取材を通じてそうした親を何人も見てきました。自分の子供が戸籍上認められないといって嘆いています。そういった問題を世間の人にも知って欲しいんです」

「なるほどな」

「その関係でタイで取材をしていて、女医のドー・カウン・ニラさんのことを知りました。日本人の出産を数多く手掛けたそうで、困ったことに闇組織ともつながりがありました。そうした違法行為についても問題がありますよね。それでミャンマーに取材に行きました」

「ニラがタイの女医だとよくわかったな」

「まあ、そういった取材網は持ってるんですよ。わかった時は特ダネだと思いましたけどね」

「それよりもよくミャンマーに行ったな」

「それはお互い様ですよね」と、にやりと笑う。「まあ、これまでも戦場に出向くことはありましたので、何とかなると思って行きました」

「そうなんだ」

「タイではそういった闇の代理母請負が数多くあります。日本人もそれを利用しているようで、そういった問題を取材する必要があるんです」ここでじっと真加部を見る。「失礼ですが、真加部さんもそういったことなんですよね」

「どうしてそれがわかったんだ?」

「ニラさんからです。お礼のメールを送ったら、貴方が代理母制度で生まれた子供だと教えてくれました。真加部さんこそ、僕が探していた人間だって」

 真加部は少し躊躇するが、答える。

「そうだな。ただ、俺は両親を知らないんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、わからないまま。生きてきた。真加部と言うのは知り合った男性が養子縁組をしてそうなった」

「ああ、そうでしたか。それは失礼しました。ご両親は健在かと思ったものですから」

「まあな」

「僕は代理母制度自体は必要だと思っているんです。子供が欲しいのに産めない母親はいるんです。ただ、日本はそれを認めていない。だから違法な取引が行われています。代理母側も両親側も不幸です。そういったビジネスをやってる連中ばかりが儲かることになる。報道を通じて世間のみんなに知って欲しいんです」

「そうだな」

 佐藤は自分ばかりが熱くなっていることに気づく。

「ああ、申し訳ないですね。真加部さんは当事者ですから、こういう話をしても迷惑でしたね」

「いや、そういう意味だと、自分自身が当事者だという意識はないんだ」

「そうですか」

「そう。真加部という戸籍上の親父が俺の本当の父親だと思ってるからな」

「つまり本当のご両親に会いたくはないということですか?」

「そうだな」

「でも、不思議な話ですよね。通常、代理母制度を利用する場合は、自分の子供が欲しいからそうするわけですから、それがそうならなかった」

 真加部は返事をしない。返事のしようがないのだ。

「ああ、すみません。余計な話でした」

 真加部は話題を変える。

「ラグビーをやっていたそうだな」

「ええ、大学までですが、そこそこ強かったですよ。今もやってるんですよ。仲間内ですが、どうです。見に来ませんか?」

「ああ、そのうちにな」

 真加部はこの男を全面的に信用してはいなかった。ただ不思議な男だと思った。

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