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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
真加部阿礼
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源(みなもと)家

 茨城県水戸市の郊外に源夫妻は住んでいた。

 亀の甲より年の功とは言ったもので、桑原からの言いつけを守って前もって電話して良かった。真加部が電話しただけで奥さんは絶句していた。しばらく話をしないので不思議に思ったぐらいで、どうやら電話の声が娘とまったく同じだという。それで話が出来なくなったらしい。真加部の存在はご夫妻にとってそれだけ重要だということだろう。

 真加部は自転車で行くことも出来たが、あえて電車とレンタカーで現地を訪れていた。そして今日は正装、スーツ姿である。

 農地が広がる一角に源家はあった。元は農家だったらしく、家の前に畑が広がっていた。歳を取ったので現在は農業から足を洗ったそうだ。今も少ないながら野菜を栽培しているとのことだ。

 家は昔ながらの平屋の一軒家だった。

 チャイムを鳴らすと、慌てた様子で引き戸が開いた。

 扉を開けた奥さんは真加部を見て、その場にへたり込む。

 真加部は普通に「こんにちは」と笑顔で話しかけた。

 奥さんの後ろには旦那さんが上がり框のところで、呆然と突っ立っていた。二人とも真加部の姿に驚いているのがわかる。

 奥さんがよろよろと立ち上がると、よくいらっしゃいましたと言って、後は涙を流しだす。真加部はどうしていいかわからない。こういうのに慣れていない。

 旦那さんが取りなすように、部屋に上がるように勧めてくれた。

 畳の部屋にちゃぶ台が置いてあり、お茶請けがお盆に入っている。昭和の日本の情景だろう。ここは時間が止まっている。

 奥の座敷に仏壇があり、真加部とよく似た娘の写真が置いてあった。

 気を取りなおした奥さんが話しだす。

「ごめんなさいね。あんまり京香に似ているものだから」

「ああ、まるで生き返ったかのようだよ」旦那さんが追従する。

「娘さんはいつ頃亡くなったんだ?」

「ちょうど20年前になるの。京香は心臓に持病があってね」

 京香と言う娘さんは拡張型心筋症という心臓病だった。幼い頃にはわからなかったそうだ。小学校に上がるころになって体育の授業中に倒れ、そこで病気がわかった。完治の方法はなく、治療も難しいとのことだった。

 病気の症状によっては、現在でも心臓移植以外には治る道が無い。よって移植手術が極端に少ない日本においては不治の病というしかない。

 京香さんは症状も重く、長く生きられないだろうと言われていたそうだ。

「うちは昔から農家で、キャベツやレタスなんかを栽培していたの。それもあって京香は農業高校に進んだのよ」

「茨城農業高校ですよね」

「そう、あの頃が一番楽しそうだった」

「学校では何をしていたのですか?」

「農業高校だから、耕作なんかもやってたみたい。あの子は花が好きでね。園芸にも興味があったの。将来は花を作りたいとも言っていたわ」

「クラブ活動は何かやってたんですか?」

「心臓に問題があったから、運動部は無理で、科学部だったかな。部員が少ないってぼやいてた」

「すまないが、当時の写真を見られるかな?」

 奥さんはうなずいてどこかに取りに行く。

 残った旦那さんが不思議そうに言う。

「ほんとによく似ている。あの子が子供を産んだ訳じゃないんだろうけどね。不思議な話だよ。生まれ変わりみたいなことが起きるのかね」

「ああ、でも俺は23歳だから、生まれ変わりは無いと思う」

「確かにそうだね。まあ、そんなことありえないか」

 そういって静かにお茶をすする。

 確かに不思議な話なのだ。似た人間ならわからないでもないが、真加部が見ても同じ人間に見えるほどだ。そうなると京香が母親ということになるのだろうが、代理母に卵子を提供した事実については、両親は何も知らないようだ。 

 今回、真加部はその可能性を探りに来た。

 奥さんがアルバムを数冊持ってくる。今では画像はスマホに入れてあるのがほとんどだ。昔はこういったアルバムに写真を保管するのが普通だった。

 アルバムをめくって写真を見ていく。幼い頃から順番に見る。真加部はわからないが、幼少期も似ていたのだろうか、真加部の子供時代の写真などは皆無だからよくわからない。とりわけ戦場に出てからは写真自体を拒否していた。よってこの時期に似ているかどうかはわからない。ただ、彼女が愛されていたことはわかる。遊園地やどこかの牧場、キャンプなどの親との楽しい思い出が写真に残されていた。

 年頃になっても京香の写真には男性らしき人物があまり出て来ない。特に中学、高校では皆無と言っていいかもしれない。男性との付き合いは無かったのだろうか。高校時代になって友人らしき女性が出てくる。この女性と仲が良かったのだろう。

「この人と仲が良かったんですね」

 奥さんが覗き込む。

「そうね。名前はなんていったかな」奥さんが考えこむ。「そうそう、めぐちゃんだ」

「めぐちゃん」

「中学が同じだったみたい。高校に入ってもっと仲良くなったらしいの」

 当時の話を聞きながら、アルバムをめくっていくと、ようやく見つけた。京香が母親である可能性がある写真だ。

 京香が映っている、その写真の場所はバンコクだった。確認の意味で聞いてみる。

「この写真はどこで撮ったんですか?」

 奥さんが写真を見る。

「ああ、タイに行ったのよ。その頃はまだ体調も良かったから、今にしてみれば最後に海外旅行に行きたかったのかな。アメリカやヨーロッパと違って、タイだと時間的にもそれほど遠くないからってことでね」

「それはいつですか?」

「高校一年生だからいつなのかな」

 真加部が計算する。15歳の時だ。そうなると2001年だろう。真加部が生まれたのは2002年だ。計算上は合うことになる。

「旅行には誰と行ったんですか?」

「さっき話しためぐちゃんね。一緒に映ってるはず」

 写真を見ると確かに二人が映っている。それ以外に映っている人物はいない。他には一人で映っているものしかない。写真は主にバンコクが中心で、地方のリゾート地に行ったような形跡は無い。やはりバンコクで卵子提供を行ったと考えて不思議はない。ただ、その事実をこの夫婦は知らない。

 真加部はそれらのバンコク写真を注意深く見ていく。何かヒントがあるはずなのだ。

 そうして気づく。この写真を撮ったのは誰だ。そうなのだ。よくある現地の人間に頼んだのではない。二人とも撮影者を信頼している顔をしている。

 真加部は確認してみる。

「旅行は二人で行かれたのですか?」

 奥さんは少し怪訝そうな顔をして言う。

「ええ、そうよ。他に行った人はいないって聞いたわ」

 その事実を隠していることになる。ここはこの写真の人物、めぐちゃんに聞くしかない。

「一緒に映ってるめぐちゃんは、今どこにいますか?」

 奥さんは少し考える。

「京香が亡くなって、お葬式には来てくださったわね。でも、それ以降は疎遠になったわね。今頃はどうしているんだろう」

「彼女のフルネームはわかりますか?」

 奥さんは旦那さんと顔を見合わせる。旦那さんは首を振る。奥さんがしばらく考えると立ち上がる。何か思い出したのだろうか。

 奥さんは何かの本のようなものを持ってきた。

「卒業アルバム、ここに映ってると思います」

 アルバムを受け取った真加部は早速その中を確認する。

 クラスの集合写真があり、京香のクラスにいるだろう、めぐちゃんを探す。

 写真の下側に名前の記載があり、顔写真と一致するようになっている。

 おそらくこれがめぐちゃんだという女性が見つかる。先ほどのタイ旅行で見た顔だ。名前は真行寺恵とあった。

「彼女ですか?」

 真加部が指さすと奥さんはうなずく。

「そうそう、彼女がめぐちゃん。真行寺さんか。この地域の人ではないね。近くだとだいたいの人はわかるから、どこか他の地域だと思う」

「そうか」

 ここはパクに頼むしかない。とにかくめぐちゃんを見つけることが先決だ。

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