桑原力
午後になって税理士の桑原が来社した。月末に探偵社の経理状況を確認する定期的な作業である。
真加部は桑原に頭が上がらない。桑原は文伍の幼馴染、いわゆる竹馬の友というやつで真加部の後見人的役割も担っている。文伍が亡くなる際にこの子たちを頼むと言われていたのだ。この子たちとは真加部とパクのことである。
その桑原がソファに座り、対面の真加部に鋭い視線を送っている。
「阿礼さん、もっと早く相談してください」
真加部はしゅんとしている。
「このところ、仕事外の行動が多いとは思っていましたが、こういうことでしたか」
桑原の前には例のセーラー服の写真が置いてある。
「文伍から、阿礼さんの過去を探る必要があるという話は聞いています。私が力になるようにとも頼まれてもいるんです」
真加部が桑原の顔を覗き見る。
「そうなのか?」
「そうです。阿礼さんにとって最も重要な話です。あと、敬語を忘れてます」
真加部は襟を正す。
「文伍は何て言ってたんですか?」
「阿礼さんの生まれた意味がわかれば、阿礼さんは次に進んで行ける。そう言ってました」
「次に進める?」
「そうです。阿礼さん、ご本人は気づいていないのかもしれませんが、私にはどこか生きることに前向きではないようにも見受けられます」
真加部は桑原を見つめている。
「自分の存在理由とも言うべき真実を見つけて欲しいです」
「そうですか」
「そう思います。それとこれからはなんでも相談してください。私はあなた方とはビジネスパートナーですが、それだけの関係ではないと思ってます」
「ありがとうございます」
「茨城の源さんですか、そちらに伺うんですね」
「そうです」
「それではまず先方に一報を入れてから行ってください。いきなり行くのはよくありませんよ」
「え、そんなものですか?」
「年配の方ですし、よっぽどの思いでここまで訪ねて来られたようですから。心の準備もありますからね」
「そういうものですか」
「ええ、菓子折りも持って行ったほうがいいですよ」
「わかった。そうするよ」
「タイに置いてきた代理母はどうしますか?」
「ナパさんは日本には来たくないそうなんだ。現地で何か仕事がないか当たってもらってる」
「その中国系マフィアの件はもう済んでいるですか?」
「ブラックスワンに調査してもらったんだけど、その脅威は無くなったらしい」
「そうですか。タイの仕事については力になれませんけど、法的な手続きであれば少しはお手伝いできますよ。司法書士の免許もありますから」
「わかった。あ、そうだ。前から聞いてみたかったんだけど、桑原さんと文伍はどうやって友達になったんだ。まるで共通点が見えないんだけど」
「そうですかね。実は私も若い頃はやんちゃしてたんですよ」
「まじか」
「ええ、まじです。でも文伍と出会って、上には上がいるもんだとあきらめました。まあ、そんな仲ですかね」
「悪いことばっかりやってたのか?」
桑原は少し汗ばんできている。
「犯罪まではいってませんよ。ああ、それよりも経費の件ですが、今回の海外行についても経費で落とせる部分は落としてみましょうかね」
「できるんですか?」
「まあ、がんばってみます」
「ありがとうございます」
桑原が帰って、パクが顔を出す。
「ずいぶん、絞られたな」
「桑原も心配してくれてるんだな。これからはもっと相談しないとな」
「ことわざにもあるだろう、亀の甲より年の功ってな」
「そんなことわざ、よく知ってるな」
「朝鮮にも同じようなことわざがあるんだ。やっぱり年齢を重ねた経験則は重要だ」
「そうだな」
「ブラックスワンのビルスミスから連絡があったのか?」
ビルスミスは軍事会社ブラックスワンの幹部だ。
「あったよ。中国の情報機関の動きを調べてもらった」
「何かわかったのか?」
「中国が動き出したのはつい最近のことらしい。パクが言ってた『神』についても同じ情報を持っていたよ。やっぱり中国は神を探しているらしい」
「ブラックスワンは神について何かわかったのか?」
「いや、調査中らしい。ただ、中国はこの件の情報漏洩には人一倍気を使ってる」
「まあ、殺人まで犯してるんだからな。それだけ、重要度が高いということか。でも不思議なのは阿礼の親探しと似ている点だよな」
「そうなんだ。俺が行く先、行く先にあいつらもいるんだ」
「茨城にもいたもんな。ミャンマーはどうだった?」
「モーアンのところにはいなかったな。あ、でも日本のテレビ局だというやつがいたんだ。俺のことを調べてたって言ってた」
「あやしいな」
「どうかな。でも中国人には見えなかった」
「名前は?」
「いや、聞いてないんだ。サトウって名乗ったらしいけど」
「そんな名前じゃあ特定も出来ないな」
「まあ、そうだな」




