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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
ミャンマー
82/130

茨城農業高校

 西城と駒込は朝から水戸市内をレンタカーで走り回っていた。江古田署の車は貸し出せないとのことで市内でレンタカーを借りての捜査である。江古田署では捜査車両を使っての遠地出張はご法度となっている。どうやら事故を起こした不届き者がいたようで、以来、よほど上のもの以外は、遠地はレンタカー使用となっていた。

「西城さん着きましたよ」

 助手席でぐっすりと、よだれを垂らさんばかりに寝ていた西城が起きる。

「もう着いたか」

 駒込はそんな上司に呆れる。

 今日は朝からパクの報告書にあった場所を再確認している。

 パクが作った報告書は正確で、全く問題が無かったのだが、警察側の検証が必要だと課長から念押しがあった。パクの報告書は行動履歴のみだった。

「最初からパクに捜査も手伝わせればよかったんだよな」西城は再び問題発言をする。「そもそも俺たちは組織犯罪対策課なんだがな」

 組織犯罪対策課は暴力団や半グレなどへの対応が主な業務だ。

「それはそうですけど、そういう組織の垣根を越えた活動をしろと、課長も言ってましたよね」

「これで地域の特殊詐欺が増えたらどうするんだよ」

 いやいや、これまでも大して仕事してなかったですよね、と出かかった言葉を飲み込む。

「ここは農業高校ですか」

 二人は県立茨城農業高校に来ている。

「アポは取ってあるんだよな」

「ええ、取りました。電話で話したら、もう茨城県警が来ましたって話でしたよ。パクさん、警察を語って来たみたいですね」

「まあ、そんなことだろうと思ったよ。あいつら警察手帳も偽造するんだ」

「まじですか、違法ですよ」

「まあな。目をつぶれるところはつぶっておくんだ。持ちつ持たれつだからな」

「はあ」駒込はとても信じられないといった顔をする。

 受付に顔を出すと、すぐさま教務主任だという佐久間と言う老人が顔を出す。

 名刺交換を行う。西城が話す。

「県警のほうでも捜査をしたそうですね」

「はい、若い女性の警察官でした。刑事さんたちは江古田署ですか、わざわざ東京から」

「ええ、捜査内容はお話しできないんですが、警視庁でも2、3確認したい事項がありましてね」

「そうですか、お役に立てるかどうか」爺さんは恐縮している。

「防犯カメラが作動していなかったそうですね」

 爺さんは困ったといった顔になる。

「まあ、そうなんです。生徒のいたずらだとは思うんですが、あの、問題がありますか?」

 西城が取りなす。

「いやいや、大丈夫です。私も学生時代は良くやりましたよ。いたずらはしょっちゅうでした。よく怒られました」

 駒込はそれは西城さんだけですよねといった顔だ。

 西城が持ってきた写真を見せる。

「この男がこちらに来たそうですね」

 ミンヤーの写真を見せる。爺さんは少し考えて言う。

「こんな感じでしたかね。背広だったので少し印象が違う気もしますね」

 間違いなくミンヤーだと思うが、それなりに印象を変えていたのかもしれない。

「防犯カメラの映像を確認させてもらえますか?」

「ええ、いいですよ」

 爺さんに連れられて設備室まで歩く。

 農業高校は共学である。男女比は同じぐらいで、今は授業中である。どういうわけか若い女性には、いい男センサみたいなものが付いているらしい。

 駒込が動くたびに教室内からたくさんの視線が動くのがわかる。さらにはざわざわと黄色い声も聞こえだす。

 西城がつぶやく。「まったくモテモテだな」

 駒込がなんのことですか、ととぼける。

 設備室に入って、防犯カメラの機器を操作する。やはり爺さんは防犯カメラの操作に不慣れで、それは駒込が担当する。

 当日のミンヤーらしき人物との面会画像を確認する。

 駒込が小声で西城に話す。

「印象は違いますが、間違いなくミンヤーですね」

 西城はうなずく。

「先生、こちらの映像をコピーしてもいいですか?」

「はい、大丈夫です」

 西城が確認する。

「この男が農業試験場の鈴木と名乗ったんですね」

「ええ、名刺もいただきました」

「後でそれも見せてください」

「わかりました」

「それで鈴木氏の目的は、古い資料の保管状況の確認だと言ってたんですよね」

「そうです。見たい資料があったわけではないようでした」

 ここで西城はおもむろに話をする。

「ところで先生、こちらの学校に神に関するものはありますか?」

 突然の話に爺さんは困惑する。

「神って、神様の神ですか?」

「そうです。宗教上の神です」

 爺さんが少し考えている。

「いえ、そういうものは関係ないです。県立の農業高校ですから、カトリック系でもないし、仏教系でもない。ましてやそれに関するものは何もないです」

「関係者で宗教関連に係るものはいないですか?」

「さあ、どうでしょうか。私が知る限りそう言ったものもいないと思いますよ。まあ、個人的に宗教に入ってる人間はゼロではないと思いますがね」

「そうですか」

 西城は殺された男が言っていた『神を探している』に引っかかっていた。

「その後、鈴木氏は倉庫に行ったんですよね」

「ええ、そうです。案内しましょうか?」

「お願いします」

 運が悪いことにちょうど休憩時間になったようだ。

 駒込の周りに生徒、主に女生徒が張り付いて来る。ちょっとした芸能人並みだ。スマホで取りまくっているし、きゃきゃと言いながら、わざと触ってくるものもいる。爺さん先生は慌てて止めるように言うが、この年頃の生徒が言うことを聞くわけがない。

 騒然とする中をマネージャーのように生徒をかき分けながら、西城が進んで行く。キモイ。触られた、くさいとかの別の悲鳴がこだまする。これでは西城もいい迷惑だ。

 なんとか倉庫前に来る。ようやく休み時間も終わり、喧騒は去った。

 この倉庫はいつからあるのだろうか、相当に古い。木製のくすんだ平屋の建物である。

「ここは最初から倉庫なんですか?」

「元は教室だったところです。敷地は広いのであえて建て替えずに倉庫として再利用してるんですよ」

「なるほど」西城は子供の頃の小学校を思い出す。たしかにこんな建物だった。

「鈴木氏はここに入ったんですよね」

「そうです」

 そう言いながら鍵を開ける。鍵は普通の南京錠で、扉側には掛け金が付いていた。いたって普通の管理状態である。これなら難なく侵入は可能だろう。

 鈍い音を出しながら、引き戸を開ける。

 入り口脇の電気のスイッチを入れる。ぼんやりとした灯りの中、確かに元教室というのがわかる作りである。長い廊下と教室が何室かあり、その中には2m程度の高さの長いラックが何台も設置されている。ラックは教室の長さに合わせたように長い。

 人の出入りが少ないのか、室内は埃まみれである。それで床には足跡が残っていた。

「これはその時に付いた足跡ですかね」

「そうだと思います。あの時、久々に入ったはずですから」

「ここにある資料はどういったものなのですか?」

「学校で授業に使った教材もありますし、先生方が利用していた文献なども置いてあります」

「けっこうな量ですね」

「そうですね。あまりに古いものは廃棄してるんですが、概ね50年分は残ってるのかな。ここはスペース的に余裕がありますからね。ただ、そろそろ片づけないと、まずいとは思ってるんですが」

「鈴木氏が見ていたのはどのあたりですか?」

「どうだったかな」

 爺さんがうろうろするが、おそらく足跡をたどればいいのではないかと思う。案の定、足跡に続いていく。

「この辺りまで来て、後は同じだということで帰りましたね」

 西城がその棚にある箱を見る。

 段ボール箱のサイドにマジックで年代と内容物についての簡単な記述があった。昭和62年試験問題、昭和60年卒業文集原稿などと書いてある。

 西城と離れて見ていた駒込が何かに気づく。

「あの、すいません。この一角に何かあったのではないですか?」

 西城と爺さんがそこに近寄る。

 木製の棚の一角に何もない部分が出来ている。そしてそこには埃がなかった。

 爺さんが不思議そうな顔をする。

「確かに不自然ですね。何があったのかな」

「何があったかわかりますか?」

 爺さんは増々困惑する。

「いや、ここにある資料を管理しているわけではないので、何とも言えませんね」

 そう言いながら残った箱を見て言う。

「どうかな。はっきりしませんが、平成に入ってからの資料が無くなってるのかな。ちょうど20年分ぐらい前の資料ですかね」

「この場所にはどういった資料がありましたか?」

「どうだろう。ただ、今ここに残ってるのは生徒の文集や試験問題、記念資料とかですね。ああ、実験資料が無いのか」

「実験資料ですか?」

 爺さんは棚の資料を確認しながら、うなずく。

「そうです。先生の中には学会や学術誌に掲載もするものがいるんですよ。農業関係の学会誌や研究誌にですね。そういったところに寄稿するんですが、まあ地元の農業振興だとか、農作物の事象なんかを載せるんです」

「そういった学会誌もここにあるんですか?」

「いえ、学会誌は学内の然るべき場所に保管しています。先生や生徒も見ることがありますので、ここにあるのは実験データや論文の下書きのようなものになります。まあ、捨てても良いですけどね」

「ただ、そう言ったものが無くなってるんですね」

「誰かが捨てたのかもしれませんね。あまり価値のあるものじゃないですよ」

「そうですか」

 そう言いながら、西城と駒込はどこか引っ掛かっていた。

 段ボールで言うと10個分ぐらいの資料が、その棚からぽっかりと無くなっていた。

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