商店街
警察署を出た真加部は早速、現場である薬師商店街に行く。
商店街と言っても吉祥寺などと比べると、それほど大規模なものでは無い。幅3mぐらいの道路脇両サイドに、店舗が連なっているといった昔ながらの商店街である。
いつもはそれほど人はいないのだが、さすがに事件のことを知った野次馬や報道関係者でごった返していた。貴金属店GAOは通りの最初の方にある店なので、黄色と黒のロープの非常線は、通りの最初に張られている。よって商店街前に黒山の人だかりができていた。
自転車を降りた真加部は知り合いを探す。
いた。「西城!」
呼ばれた巨漢の西城は真加部を見て慌てる。ロープ前にいる真加部に寄ってきて小声で言う。
「阿礼、大声はよせ。変に思われるだろう」
確かに真加部近くの人間たちが、二人のことを不審そうに見ている。
「何だ。変に思われるって」
「それはだな。俺が飲み屋のねーちゃんとなんかあったとか、あるいはその筋の女が」
「俺がそういう女に見えるっていうのか?」
「そう思われるかもしれないだろ。一応、お前も若い女だ」随分、失礼な物言いだが、真加部は気が付かない。「それに今は本庁が出張ってるんだよ。ちょっと肩身が狭い」
「本庁が仕切ってるのか?」
「そりゃそうだよ。拉致監禁事件だぞ。捜査一課が来てる」
なるほど、GAO前には拡声器を使って、何か呼びかけをしている。
「あれが、捜査一課の人間か?」
「そうだ。ネゴシエータって言うらしい。指揮してるのは本庁の管理官だ」
「お前らは何してるんだ?」
「所轄は概ね人の整理だ。お前みたいなやつが入ってこないようにな」
真加部はむっとする。気を取り直して聞く。「ちょっと中に入れないかな?」
「はあ、無理だ。それでなくてもピリピリしてるんだ」
「そこをなんとか、あ、そうだ。関係者ということで見せてくれよ」
「関係者って」西城は困った顔をする。
「いいじゃん、いつも情報提供してるだろ」
西城は少し考えて「じゃあ、少しだけな」そう言って、ロープをくぐらせてくれた。
貴金属店GAOは2階建てで一階が店舗になっている。幅が5mぐらいで本来はガラス張りで店内が見渡せるはずなのだが、今はブラインドが入口を含め、全面にかかっている。よって中はよく見えない。
「3人が人質になってるんだよな」
「そうだ。ただ、それもはっきりしない。目撃者の話から推測している」
「人質は誰?」
「店主の女性と従業員が1名、これも女性だ。後はお客さんでご婦人が一名だ」
全員女性なのか。
「防犯カメラはどうなってるんだ」
「商店街用にある。ほらそこにもある」
西城が指さしたところ、街灯のポールにカメラが設置されている。
「解析は?」
「今やってる」
こういう仕事は意外と時間がかかる。特に警察は信ぴょう性を重要視する。恐らくでは発表しない。誤認逮捕などあってはたまらないのだ。
「店内にもあるんだよな」
「ある。ただ、外部から見れるのかがわからない」
「今時の防犯カメラだったらWi-Fiじゃないのか、見れるだろ」
「それも解析中だ」実に慎重だ。
「犯人は一人なんだろ」
「そうらしいな」
真加部は呆れる。結局何もわかっていないということだ。
ネゴシエータは、先ほどからさかんに犯人に向かって自首を進めている。
「犯人は何か要求してないのか?」
「顔を出さないからな。今のところは何もない」
「じゃあ、何を目的で侵入したんだろうな」
「貴金属店なんだから、貴金属なんだろうな」
「だったら盗んで逃げればいいだろ」
「店側が防犯ベルを鳴らしたらしいんだ。それで逃げると思ったら拳銃を出したらしい」
先ほどの御主人の話だ。大型のリボルバー拳銃を出したということか。
「それでも普通は逃げ出すよな」
「まあ、確かにそう思うな」
要求も無い。ただ、立てこもってるだけなのはどう考えてもおかしい。真加部はここにいても情報は少ないと判断する。「わかった。じゃあな」そう言うと現場を後にする。西城は厄介者が去ったと、再び自分の業務に戻る。
真加部がロープをくぐると、報道陣が数人寄って来る。関係者と思ったのかもしれない。リポーターがマイクを突き出すが、突然、真加部が消える。いや、消えたように見えた。瞬時に身をかがめて人垣をすり抜けたのだ。リポーターがあわあわ言ってるのをしり目に、自転車のところまで行き、そのまま走り出していった。残った報道陣はまさに狐につままれたような顔をしていた。