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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
ミャンマー
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検問

 ハイラックスは順調に走る。ミャワディからパアンまでの道は舗装もされており、比較的平たんで走りやすい。サワはそれほど路面を注意していない。この辺りには地雷はないのだろう。

 サワが話す。

「どうしてパプンに行きたいんだ?」

「深い意味は無いんだ。カレン族の状況を見たいと思ってね。パプンは山岳だし、カレン族の象徴的な街なんだろ」

「まあ、そうだな。ああ、それで最初に話しとくが、今、ミャンマーは複雑な状況だ。国軍とKNUの支配地域はめまぐるしく変わる。カイン州も同じだ。カイン州の幹線道路は国軍が支配しているようだが、所々でKNUが支配地域を延ばしている」

「州都パアンは国軍が管理しているんだろ?」

「そうだな。北部は国軍管理下で、南東部でKNUが勢力を拡大中だと思えばいいかもしれない。ただ、KNUも一枚岩じゃない。個々の部族が独自に地域を管理している。この国は複雑なんだよ」

「そうか。民主化も失敗したしな」

「国民も半ばあきらめている。俺もその一人だよ。もうこの国に希望はない」

 真加部は何も言えない。ミャンマーでの紛争は、実に第二次世界大戦以前から始まっている。植民地支配の抵抗運動、独立、内戦と100年以上も戦い続けているのだ。とにかく民族問題の根が深い。

「国軍の管理下であっても、部分的にKNUが支配している地域もある。それとKNUでも管理している部族が異なるから、検問もそれぞれに細かく存在するんだ。賄賂も横行している」

「なるほど、どこも同じだな」

「貧しい国はそうなる」

「金はあるから安心しろ」

「俺はタイに行ってこんな平和な場所があるのかって思ったよ。ただ、日本はそれ以上だって言うじゃないか。ほんとにそうなのか?」

「そうだな。ここの人間が日本に行ったら天国だと思うかもな」

「そうか、一度行ってみたいな」

 サワは遠い目をする。

「家族はいないのか?」

「今はいない」

 真加部はサワの悲しそうな横顔を見る。それですべてを理解した。


 しばらく走ると、道路を塞ぐように検問所らしきものが現れた。

 サワが言う。「早速、出てきたな。あれは国軍じゃない」

 検問所はいかにも出来あいのもので作られた簡易的なものである。鉄条網が柱に括り付けられた単なるバリケードだ。それが道路を横切る形で通行を規制している。

 バンダナを頭に巻いて、迷彩服やTシャツなど様々な格好をした若い兵士が顔を出す。武器はAK47やM16など、これまた統一していない。

 サワが降りてリーダー格の兵士と話をする。

 他の兵士たちが車を囲んで、真加部を興味深そうにニタニタと笑いながら見ている。真加部は彼らの人数と装備品を確認している。全部で5人。そして果たして彼らはKNUなのだろうか、いかにも怪しく映る。

 サワは賄賂を渡したようだが、それがかえって火を付けたようだ。サワが止めるのも聞かずに真加部のところまで来る。そして銃を構えながら脅す。降りるように言っているようだ。なるほどいい金づるに見えたのか。

 サワが血相を変えている。おそらくこいつらは強盗に近い。

 真加部はゆっくりと下車する。5人の位置は確認済だ。

 いきなり扉近くに立っていた男の後ろに回り込む。あまりの早さに誰も反応できない。真加部は男の腕をひねると、AK47を奪ってしまう。そして男を盾にして銃を連射する。もちろん威嚇行為で彼らの足元を狙っただけだった。

 しかし、動揺した若い兵士は闇雲に銃で反撃する。真加部を撃つということは仲間を撃つということなのだが、お構いなしだ。見る間に真加部の盾になった男から悲鳴と血しぶきが上がる。戦闘経験も不足しているのがわかる。

 残りは4人だ。真加部は近くの男に、すでに血まみれになったものを投げつける。男は避けることも出来ずに死体と激突する。その隙に真加部はリーダー格と思われる男まで飛ぶ。距離にして5mといったところだろうか、リーダーが銃を撃つ行為よりも早く、男の足元にローキックする。足が折れたのかリーダーが前のめりに倒れこむ。

 すぐさま真加部はAK47をリーダーの後頭部に当てた。

「動くんじゃない」タイ語だが、なんとなく理解したようだ。残り3人が停止する。

「サワ、通訳しろ」サワは目をむいている。何だ。この女はありえない。「銃を捨てさせろ」

 サワが我に返って通訳する。

 3人は躊躇している。

「仕方ない。こいつを殺す」真加部は銃をリーダーの頭にめり込ませる。実際、もう一方の腕で前から頭を押さえているので、銃口が頭にめり込みだしているのだ。

 どくどくと血が流れ出し、リーダーの悲鳴がこだまする。

 3人は観念して銃を投げ捨てる。

 真加部はリーダーを離すと、ゴルフショットの要領で、銃座を使ってこめかみを痛打する。男はそのまま気絶した。

 真加部は3人をけん制しながら、彼らが落とした銃を拾っていく。

「サワ、銃を車に入れろ」

 サワは銃を受け取ると車に運びこむ。

「バリケードを開けさせろ」

 サワが話すと男たちはバリケードを退かしていく。

 真加部が悪魔の笑顔を男たちに見せる。こういう時の真加部は間違いなく悪魔なのだ。

「追いかけて来てもいいぞ。今度こそ皆殺しにしてやる」

 サワが通訳する。残った3人は青くなって抵抗の意思を見せなかった。

 サワと真加部が乗ったハイラックスは悠々と検問を通過していく。

 サワはバックミラーを慎重に確認している。

 リーダーを気遣うものと、呆然とハイラックスを見送るものが見えた。

 サワはつばを飲み込んで話す。

「あんた、何者だ?」

 真加部は笑いながら「日本のプレスだ」と言った。

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