メーソート
真加部はバンコクのドンムアン空港からメーソート空港に向かった。
パクの情報だと真加部誕生の産科医、モー・アンはミャンマーのパプンにいるという。パナンに行くには、メーソートからミャンマーに入るのがもっとも適している。
現在、ミャンマーは内戦状態である。さらに向かおうとしているパプンは古くから紛争が続いている激戦地だ。
ここはカイン州といって、元の名前はカレン州、つまりカレン族がいる地域だ。彼らは昔から独立を求め、ミャンマー政府と対立していた。スーチー女史の民主化の折には戦闘をやめる動きもあったが、軍によるクーデター以降は再び戦闘状態に戻っている。
元タリバン兵士の真加部であれば問題ないように思えるが、戦闘地域に行くのは本望ではない。戦争は殺し合いだ。殺人を望まない真加部にとって、殺さないというハードルはさらに高くなる。紛争地域の場合、否が応でも巻き込まれる可能性が出てくるのだ。
カレン族には様々な種族がおり、それぞれに言語も異なる。独自のカレン語を話すのだ。一応、ビルマ語が公用語となっており、異種民族間はビルマ語を使って意思疎通を図るという。多言語を理解する真加部でもビルマ語はわからない。よってパプンまでの案内にガイドを雇った。
メーソート空港のロビーに来ると、ガイドらしき人物が真加部に手を振る。
男は40歳ぐらいだろうか、ジーンズに色付きシャツを着ている。丸顔だが日焼けしてしわも多い。タイで苦労したのだろうか。
「阿礼さん?」タイ語を話す。
「真加部阿礼だ。よろしく頼む」
「サワ・コー(Saw Kaw)です」そういって会釈する。
さっそく真加部は現金を渡す。ドル紙幣だ。「これでいいか?」
サワコーは札束を数える。
「パプンまでね」
「そう、帰りの分はまた、その時に渡す」
「無事、帰れたらね」
サワは笑顔で言うが、物騒な話だ。ただ、そういうことがあり得るのだ。
真加部はサワに1000ドル渡した。これには危険手当も含まれる。
「政府軍とカレン民族同盟(KNU)が戦闘中で、至る所に地雷があります。命の保証はないよ」
「わかってる。もし何かあったら遠慮なく逃げてもらってけっこうだ」
「ありがたいね」
「お前が望むなら、俺が守るぞ」
サワは不思議そうな顔をする。
「俺は元軍人だ。それなりに戦闘経験もある」
「え、日本のプレス(報道関係者)じゃないの?」
真加部は胸に大きくPRESSと表示してある防護服を着ている。今回は日本のルポライタと言ってあった。
ビザの関係でそうなってたな。「そのとおりプレスだ。ただ元軍人なんだ。遠慮なく頼ってくれ」
サワはにやりと笑うと「その時はお願いします」と言うが、どうも信じてない模様だ。たしかにこの小娘が何を言っているというところか。
空港前にはトヨタのハイラックスがあった。外観を見ると、おそらく相当の年数が経っている。日本の中古車のようだ。ただ、ここでは十分いい車である。
真加部が助手席に座る。
「どのくらいかかる?」
「12時間ぐらいかな。今日はパアンに泊まる。パプンには明日着く」
「そうか。疲れたら運転を替わるからな」
「安全な場所だったらお願いするかも。でも地雷がある場所は無理だよ。私が運転する」
真加部は地雷原も問題ないのだが、あえて言わない。今回はプレスとしてふるまうことにする。
車がミャンマー国境のミャワディ税関を通る。真加部のビザは有効だった。日本はミャンマーへの渡航を禁止しているが、ビザがあれば問題なく通れる。入国には寛容なのだ。ただ、命の保証はない




