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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
真加部阿礼の過去
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アーバングランドホテル

 真加部はタクシーを使って、ナパをホテルの自室に連れていく。

 ここはバンコク市内から若干離れた中堅のホテル、アーバングランドホテルである。

 本来は真加部一人だともっともっと格安ホテルに泊まるのだが、あらかじめここでナパと泊まるつもりで予約していた。もちろんディスカウントはしてある。

「マーマー、もう大丈夫だ。話をしてもいいぞ」

 ここまでは会話をしないようにナパに口止めしていた。どこに敵がいるかわからないのだ。また、誘拐される可能性もある。

「本当にデック・ヌーなの?」

 真加部はその名前にうれしくなる。間違いなくこの女性は母親、マーマーだ。デック・ヌーとは当時の真加部の愛称だった。

「そうだよ。今はあれいと言う名前になった」

「あれい」

 真加部は冷蔵庫からペットボトルを出して、ナパに渡す。

「マーマーは何故、あいつらに拉致されたんだ?」

 ナパはペットボトルの水を飲みながら首を振る。

「それがよくわからないんだよ。いきなり連れ去られた。それであそこに監禁だよ」

「やつらは何か言ってなかったか?」

「そうだね。何も言わなかったけど。どうも誰かを待ってる感じだったよ」

 つまりは黒幕がいるわけか。

「大きくなったね」ナパはしみじみと真加部を見る。

「まあな」

「どうしてたんだ?」

「うん、いや、俺の話よりも聞きたいことがあるんだ」

「何だい?」

「うん」真加部はそう言うと封筒に入っていた出生報告書を見せる。

 ナパの顔色が変わる。

「ヌー、ああ、あれいは知ってるんだね」

「うん、わかった。俺を助けてくれた文伍ってやつが言うには、俺は日本人だって、だからマーマーの本当の子供じゃないって言ってた」

 ナパは真加部を見ている。

「それで俺の本当の親を知りたいんだ」

 ナパは遠くを見る目をする。

「そうだね。自分の出自を知りたいと思うのは当然のことだね」

「それもあるけど、文伍が言うにはその必要があるっていうんだ」

「必要?どういうことなのかね」

「それはよくわからない」

 ナパは少し考えている。真加部の出生報告書を見ながら話し始める。

「わかってると思うけど、私は代理母なんだよ」

 真加部はわかっていた。返事をしないでじっとナパを見つめる。

「当時、タイでは代理母は合法だった。今は禁止になったけどね。だからここじゃあ相当数の外国人向けの代理母出産があった。私もその一人さ」

 ナパは水を一口飲む。

「変な話だけど、実はあんたの両親についてはよく知らないんだ」

「両親に会ったことは無いのか?」

「父親らしき人物にはあった。あんたが生まれてすぐにはタイに居た。それと出産にも立ち会ったんだ。でもそれ以降は不規則に来るだけになった」

「不規則?」

「おそらくだけど、休みが取れた時に会いに来ている感じだった。来るときはあんたと二人きりになって、しばらくここにいたからね」

「ああ、それは少し覚えてるんだ。父親らしき男がいたのは」

「あんたが5歳になるぐらいまでは、そういう状態が続いていた。私が不思議なのはどうして日本に連れて行かなかったのかってことなんだ。普通、代理母の場合、生まれたら子供はすぐに引き取るもんだろ。それがそうしないでこっちで面倒を見るように言われた」

「それについては何か言ってなかったのか?」

「聞いたこともあるんだけど、今は言えない。もう少し預かってくれって言ってた。もちろんお金もくれたんだ。養育費として十分だった」

 真加部は考えている。

「それで母親については何か言ってなかった?」

 ナパは暗い目をして言う。

「むしろ母親については何も言わなかったよ。それこそ言えない雰囲気だった」

 どうしてなのだろう。真加部には何も見えない。

「やっぱり詳しい事情は産科医に聞くしかないのかな。それでマーマーはその医者について何か知らないか?」

「モー・アンだね。若い女医だったよ。当時、30代半ばぐらいだったのかな。妊娠から出産まであの先生が担当してたよ」

「その先生の行方がわからないんだ」

「ああ、そうなのか、いや、私も知らないよ。出産以降はほとんど会ってない」

 真加部はがっくりと首を垂れる。やはりこちらで医師を探すしかないのだ。そうなるとやはりパク次第だ。

「モーアンの写真は無い?」

 ナパは首を振る。

「写真は一切ないよ。撮らないようにしていた。それも父親からの意向だよ。でもモーアンの写真は病院に残ってないか」

「あるにはあったんだけど、証明用の写真だけでいまいちはっきりしないんだ。今、他にないか探してるところだよ。それで父親について、他に何か知ってることは無い?名前とか、やっぱり写真は無いのか」

「残念だけど、名前もわかってないし、やっぱり写真もない」

「でも連絡はどうやってたんだ?こっちに来る機会もあったんだろ。そういう時にはどうしてたんだ?」

「彼から携帯を渡されてた。愛称はダディだよ。こっちでもそう名乗ってた」

「ダディか。顔は見たんだろ」

「もちろん、顔は見たよ。痩せて、背は低かったかな170㎝はなかったな。私とそんなに変わらなかった」

 ナパは165㎝ぐらいである。

「眼鏡を掛けてたよ。そうだね。度がきつかったかもしれない。あんたは覚えてないか?」

「少しだけだな。眼鏡をかけていたのと、やせていたのはなんとなく覚えている。他に顔の特徴はなかった?」

 ナパは少し考える。

「もう20年も前だからね」首を振る。

「タイに来たのは休みが取れた時だって言ってたけど、具体的には夏休みとかになるのかな」

「そうだね。夏と冬、あとは春先だったかな」

「それ以外は?日本にはゴールデンウィークって5月に休みがあるんだ」

「いや、その時期には来なかった。あ、でも出産の時には来たね。あんたは4月22日生まれだからね」

 どういうことだろう。休みが取れない職業だったのだろうか。真加部が質問する。

「それが、私が5歳になる時に来なくなった」

「そうだね。連絡もつかなくなったんだよ」

「連絡も付かない?」

「そうなんだよ。メールも電話も何も通じなくなった」

「どういうことなのかな」

「わからない」

「携帯はもうないよね」

「そうだね」

 八方ふさがりだ。ナパに会えば何かわかると思ったのだが、むしろ父親らしき人物は自身のことを含め、親のことを隠している節まである。どういうことだろう。

「ダディが最後にタイに来たのはいつになる?」

「えーと、あんたの誕生日が4月だから、春休みには来るかと思ったけど来なかったんだ。実際、連絡が途絶えたのはもっと前だったね」

 ナパは必死で考える。

「多分、最後は冬だよ。あんたが4歳の冬休みだ。そうだ。正月(旧正月なので2月)の頃には連絡は無くなってた」

「そうか」

「こっちから連絡しても、まったく応答が無くなったんだ」

 真加部はじっと考える。

「そうしてあんたが誘拐されたんだ。あれは5歳になるかならないかって時だったよ」

 真加部はじっとナパを見る。

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