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真加部阿礼探偵社

 田島は再び、真加部探偵社に顔を出すことになった。ただ、今回は社用車で来ている。犯人グループに気を遣う必要がないためだ。

 探偵社近くの駐車場に車を停めると、数メートル歩き、例の階段を登る。

 探偵社の扉前に来るが、何やら中が騒がしい。女性の喚き声が聞こえる。日本語でもないようだ。何事かと思うが、そのままチャイムを鳴らす。

 少し待つと、真加部が顔を出した。なんとなく息が荒い気がする。

「こんにちは」恐る恐る田島が声を掛ける。

「ああ、どうぞ」

 田島が部屋に入ると、玄関前に木彫りの模型がぽつりと落ちていた。

 真加部がそれに気づいて持ち上げる。象の木彫りのようだ。田島が気付く。

「タイのお土産ですか?」

 真加部はよくぞ聞いてくれたという顔をして、「そうなんだよ。でもパクは気に入らなかったみたいで、怒っちゃった」

 例の座敷童のことだろう。奥の部屋に引っ込んだようだ。

「生ものはだめだというんで、タイの守り神、幸運の象なんだぞ。現地では大人気だ」

 田島は苦笑いだ。確かに女性が喜ぶものでは無い。この探偵は感性が変わっている。

「飯坂から預かってまいりました。報奨金になります」

 真加部はソファを勧める。

 席に着いた田島が鞄から封筒を出す。

「飯坂のほうで少し上乗せしております」

 真加部は封筒を受け取る。中身をざっと確認して、確かにと言った。

「今回はご苦労様でした。飯坂もよろしくと言っております」

 真加部は少し間を置いてから、話し出す。

「本来は報告書を出すものだけど、今回は不要と聞いている」

「はい、そうです」

「ただ、それではこちらも不義理というものだ。だからあんたに口頭で話をする。飯坂さんに伝えてほしい」

「わかりました」田島が神妙な顔になる。

「最初から妙な話だった」田島はつばを飲み込む。

「イスラム過激派は確かにタイ南部にいることはいる。ただ、要人誘拐はめったにやらない。さらに身代金要求などまれだし、今回、金額も異常に高い。100万ドルなんて聞いたことも無い。そして計画性が伺える」

 田島がうなずく。

「そう考えると本当に反政府組織のしわざなのかということだ」

「そうですか、そんなに早くに気が付いたということですね」

「そうだな。それで成りすましを疑った。今や日本の犯罪集団は東南アジアに居を移している。タイにいた実績もある。今回犯行グループが指定したアプリは、まさにそういった集団が良く使う手だ」

 真加部が真剣な顔を田島に向ける。心なしか田島は少し汗ばんでいる。

「それで十中八九、そういったグループの犯行だと睨んだ。うちの天才ハッカーが調べたところ、パッターニーにそういった集団がいる情報も得ることができた」

「さすがですね」

「ただ、どうやってこんなにピンポイントで、社長令嬢がタイのパッターニーにいることを掴んだのかだ」真加部が田島に迫る。「おかしいよな」

 田島が目をそらす。

「やつらが人質を拉致した状況もそうだ。添乗員には目もくれずに娘を拉致した。これは娘の情報を知っていたということだ。さらには詳細な旅行日程もな」

 真加部は一呼吸置く。

「情報を漏らした奴がいる。それも娘の近くのやつだ。そうなるとごく限られた人間だとわかる。友人関係か、家族周辺の人間だ」

 田島はすでに青ざめていた。

「家族でそんなことはしないだろう。それであんたの通信情報を調べたんだ」

 田島は口から泡でも出しそうだ。

「現地の犯罪集団に情報を流してたな」

 田島が観念したかのように首を垂れた。

「俺は聖人君子じゃないし、ましてやそういったことを罰する気も無い。あんたが飯坂社長にどう報告するかは興味がない。ただ、事実を話してる」

 田島が話す。

「私はこれまであの会社に粉骨砕身使えてきた。特に飯坂社長にはそれなりに貢献もした。汚い仕事もやってきたんだ。それなのに結局は万年秘書で終わる。出世も無く、定年を迎えた。結局、何の見返りも無い。あまりにひどい仕打ちだ」

 田島はうめくように話を続ける。

「私の息子は自死してしまった。仕事仕事に明け暮れて息子にも手をかけられなかった。飯坂だけがいい思いをするのが許せなかった。あいつは元部下だ」

 田島が手で顔を覆う。真加部がゆっくりと諭すように話す。

「さっきも言ったように報告しただけだ。あんたがどうしようと気にもかけない。守秘義務もあるからな。でもあんたが期待した効果は出たぞ。飯坂社長も辛酸をなめた」

 田島は泣き崩れた。


 木彫りの象がさびしそうに真加部の机の上に置かれている。

 そろそろ頃合いかと、別室のパクに声を掛ける。

「パク、腹が空かないか?」

 奥の部屋から返事がない。

「ラーメンおごるぞ」

 少し待つと奥の部屋の扉が開く。パクが顔を出した。

「双葉の特選チャーシュー麺だぞ」

 真加部がにこりとする。「いいぞ、お金も入ったからな」

 飛び跳ねるようにパクが出てくる。

「今回の報酬は一人200万だ。それも税金がかからない」

「え、桑原に言わないでいいのか?」

 桑原は税理士だ。

「二人だけの秘密だ」

「そうか、なかなかだな」

「特選チャーシュー何杯食えるかな」

「知らねー」

 パクが先に出て行く。真加部は部屋の鍵を掛けて後を追う。

 新井薬師前の双葉のラーメンは絶品だ。

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