マルジャ
文伍とジェームスは米軍機でアフガニスタンに飛んだ。飛行中にお互いのことを確認しあった。
ジェームス・ジョンソン35歳独身。インド系のアメリカ人で父親がインド人、母親はアメリカ人だが中東の血が混じっているらしい。それもあってヒンディー語は話せるそうだ。さらにアフガニスタン用にパシュトー語を勉強したそうだ。文伍は英語と少しのスペイン語、あとは日本語しか話せない。ジェームスに頑張ってもらうしかない。
やはりジェームスの本業は殺し屋といったところだろうか、狙撃手としての腕も持っているそうだ。元海兵隊だ。
カンダハール国際空港から車でマルジャへ行く。
走りながら思ったが、ここは砂漠の中に街がある。乾いた風と砂の世界だ。町中になるとどこからか香辛料の香りがする。
マルジェまでは4時間余りで到着した。
スミスからの指示で前線本部のライアン・デイヴィスを訪ねる。
司令部の打ち合わせ場所にデイヴィスが現れた。40歳ぐらいで若々しい。階級は中尉だ。
握手を交わして会話が始まる。現状の確認から入り、いよいよ核心について話をする。
「それでタリバン側のアサシンについてです。ほとんど情報が無いということですか?」
デイヴィスの眉間にしわが寄る。
「あそこまでやられるとは思ってなかった。タリバンのやり口は即席爆発装置が主体だった。簡易爆弾ってやつだよ。そいつが仕掛けられて死傷者が出る。ところがアサシンはまったく違う。パシュトゥン族の言い伝えで、影の妖怪というのがある。人間の姿になったり影に形を変えたりもする怪物だ。アサシンはまさにそれじゃないかと言ってるやつもいるぐらいだ」
ジェームスが「まさか」と漏らす。
文伍が取りなす。「それでアルラアナ(呪われたもの)と呼ばれている」
「そうでなければ、あそこまでやられないだろ」
「具体的にどういった攻撃を受けたんです?画像は見ましたがその前後がよくわからない」
「我々はマルジェの市街地を掌握しようとしていた。概ね抵抗勢力は抑えたはずだった。残党を処理に家々を回っていた時だ。呼びかけて声が無ければトラップの可能性もあるので、慎重になるんだが、あの場所では返事があった。それも英語だ」
「英語ですか」
「そう、それで安心した。入った途端の映像があれだ」
「アルラアナ」
「3人が一瞬で殺された」
「画像を確認したところ、子供のように見えましたが」
「いや、あれは子供の動きじゃない。怪物だよ」
「そうですか」
「米軍としての意地もあるが、今後のこともある。それで抹殺をお願いした」
「今はどのあたりに潜伏していますかね」
「タリバンの残党はちりぢりになったからな。おそらくカンダハルの山岳地帯、パキスタン国境あたりかもしれない」
「わかりました。こちらでも確認してみます」
「よろしく頼む」
前線基地から車に乗り込む。ジェームスが運転を始めて文伍に話す。
「疲れてましたね」
「こういった戦闘は疲れるだろう。命の危険もそうだが、どこか侵略戦争のように感じてるはずだ。大義名分としてアルカイダの一掃、9.11の報復と言う意味合いはあるだろうが、トップの政治家の思惑と前線でそういった思いを共有できるのかね」
「なるほど」
「前線のモチベーションも上がらんだろうな」
「わかります」
「しかし、亡霊退治とは厄介な仕事だな」
「カンダハルでアセット(情報屋)と会うんですよね」
「そう聞いている。赤い部隊にいたやつらしい」
「正確な情報があればいいが」
「まあ、大丈夫だろう。スミスが言うには間違いないやつらしい」
「期待しますか」
文伍もジェームスも早く終わらせたいといった思いがある。こういった汚れ仕事はすっきりしない。




