引きちぎるぞ
全貌を掴んだ真加部は、急いでゆかりに連絡を取る。
しかし、彼女はスマホに出ない。
「くそー、やられた。パク、スマホのGPSでゆかりの場所を特定してくれ」
「いはえ」パクは右手を胸に当てる。こういう時は北朝鮮のポーズが出てくる。
真加部はその答えを聞く前に、自転車で走りだしていた。
パクの指示でゆかりの場所を把握する。南口の早稲田通り近くだ。おそらくそこには雑居ビルがあるはずだった。
ゆかりは雑居ビルの3階にいた。
昔は何かの事務所だったのだろうが、現在は使われていないようで、電気も無く、薄暗い部屋だ。ボロボロのソファや机が埃まみれで捨てられている。
彼女の目の前には、見るからに悪そうな男たち5人がいる。
鼻にピアスをして、顔や腕はタトゥーだらけの男が、ゆかりの口にあったガムテープを剥がす。
ゆかりが叫ぶ。「帰しなさいよ」すでに顔には涙の痕がある。ゆかりの手足にも大型の束線バンドが絞められており、身動きは取れない。
男たちが下卑た笑い声を出す。
「これまで、あのおかしなボディガードが引っ付いてたからな。ようやくおびき出してくれたぜ」
「もう、やめて」
「馬鹿言えよ。これからお楽しみじゃねえかよ」男は自身のデニムを緩めだす。
ゆかりは精一杯の強がりで男たちを睨みつける。
「いいねえ。ナードのアルチメイトとやれるなんて最高じゃねえかよ。おい、たけし動画撮ってるよな」
「大丈夫です」
「この動画でいくら稼げるかな。へへへ」
スマホを三脚に固定して、ご丁寧にライトも付けてある。
「じゃあ、一人5回は確実だから、全部で25回以上のセックスシーン撮影に入ります」
全員がうれしそうな叫び声を上げる。
「用意、スタート!」男がどこかの監督張りの声を上げる。
ゆかりが悲鳴をあげる。
その声が響き渡ると同時に、部屋の扉が破壊される凄まじい音が響く。
男たちが扉を振り返る。確か鍵を掛けたはずだ。
扉は埃だらけの床に叩きつけられ、舞い上がった埃の中、逆光で人間が現れた。
真加部阿礼だった。
男たちは真加部を見て、安心する。
「何だ。これからいいとこなんだ。出てけよ」
「お前たちに情けをやろう。殺しまではやらないでおいてやる。ただ、お前たちの生殖器を引きちぎる」
リーダー格の男があまりの話に笑いだす。
「お前、バカか、何をふざけたこと言ってやがる。それともお前も撮影に参加するか?」
「いいだろう、参加してやる。俺の空手映画だ」
言うが早いか、真加部がリーダー格の男に突進する。真加部の身長は160㎝、相手は190㎝はあろうかという大男である。
一瞬だった。男は何も見えなかった。真加部の前蹴りが男の右足を直撃する。鈍い音と共に男の足がありえない角度に曲がる。もんどりうつとその激痛でのたうち回るしかなかった。
残った4人は真加部の実力を理解し、真顔になって武器を手に持ち出す。
ナイフ、鉄パイプ、ゴルフクラブ、金属バットを持っている。
まず、男が鉄パイプを振り回しながら真加部につっかかってくる。頭に振り下ろしたはずのパイプがむなしく床に当たる。真加部が消えた。その衝撃で手が痛いだけだ。そして次の瞬間、後ろから足蹴りが来る。先程の男と同じく、右足がひざより下で折れ曲がる。悲鳴が建物中に響き渡る。
いよいよ矢継ぎ早の真加部の攻撃が始まる。
男たちは真加部が見えない。それほど素早く動くのだ。まさに瞬間移動だ。
ナイフを持った男は、あっという間にナイフを取られると、やはり足に衝撃を食らう。今日の真加部は全員の片足を折る作戦のようだ。足を折られて倒れるしかない。
残り2名はすでに戦意喪失なのだが、意地だけで真加部に向かおうとする。懐から缶スプレーを出す。目つぶしスプレーだ。半グレはこれを使う。食らうと目が開けられない。
ところが、真加部はなんなくそれを奪うと、吹き付けようとした男の顔にそれを使う。汚い悲鳴をあげる。目が開けられない。顔をかきむしる。その激痛たるや、顔全体に火が付いたようだ。
真加部はその男の足を折る。今や部屋中が男たちの悲鳴しか聞こえない。
最後の男はついに土下座する。「た、助けてくれ」
「よし、じゃあこれから全員のナニをちょんぎる。ここに並べ」
男たちは痛みで動くこともままならない。
「こらあ、殺されたいのか!」
ひいひい言いながら。激痛に耐え、男たちがよろよろと真加部の前に土下座する。
「頼む。それだけは勘弁してくれ」
「駄目だな。動画を撮ってるんだろ。面白いじゃないか」
すでに真加部の目の色が尋常ではない。悪魔の目だ。
「まずはお前からだ」
リーダー格の男を指さす。
男はボロボロと泣いている。手を真加部に向かって拝んでいる。
「頼みます。助けてください」
「いくぞ!」
5人の絶叫が響き渡る。と同時にパトカーのサイレンが聞こえだす。
真加部が我に返る。
「くっそー、なんてことだ」
男たちは助かったとばかり、その場に寝転ぶ。
名残惜しさ満杯で、真加部が男たちを指さし、叫ぶ。
「いいか、もし、俺のことを少しでもチクったら、今度こそお前たちのナニを引きちぎるぞ。楽しみに待ってろ」
真加部は悪魔の形相で男たちに告げる。そうして名残惜しそうに、ゆかりの拘束を取ると、抱えるようにしてビルから逃げ出す。
それから5分後、部屋に江子田警察署の西城たちが入ってくる。
そして現場の異様な光景に驚く。
西城がうめく。
「なんだ。これは」
この地域の半グレたちが、泣きながら唸っているではないか。中には失禁している奴もいる。
西城が聞く。
「何があった?」
リーダー格の男が痛みに耐えながら言う。
「心霊動画を撮ってたんだよ。そうしたら怪物に襲われた」
西城の隣にいた駒込が、不思議そうな顔で聞く。
「何、バカなこと言ってる。あれ、お前たち足を折ったのか?」
「だから、怪物だよ」
駒込が西城に耳打ちする。
「こんなことできるのは、あいつしかいないですよ」
「全員の右足だけきれいに折ってるな。いったい何をしようとしてたんだ」
半グレたちは痛みに耐えてスマホを隠していた。あれが警察に見つかれば、その後絶対、引きちぎられる。それだけは勘弁してほしい。
西城はひとまず、救急車を手配した。




