大会前夜
ラフストーンコンテストを前に、案の定、ナード人気は異常な盛り上がりを見せる。元々のカリスマ性を脅迫事件がさらにアップデイトさせたのだ。今やナードは神格化されてきていた。
そしてコンテストは、始まる前からナードの圧勝が予想されていた。
最後のレッスンを終えると、真加部はゆかりを自宅まで送り届ける。さすがに真加部のガードは完璧で犯人も襲う余地は無かった模様だ。以降は食事についても細心の注意を払っていた。
自宅前に心配そうな顔をした母親が出てきた。
「お母さん大丈夫だ。明日も朝から俺がガードする」
ゆかりはただいまも言わずに家に入って行く。
「真加部さん、ありがとうね」母親が言う。
「心配ないからな」真加部はさらに言う。
それでも、どこか心配そうな母親がぽつりと話す。
「私はアイドルなんかやめて欲しいんだけどね」
「そうなのか」
「あの子には普通の生活をして欲しい。芸能界はあの子を壊してしまう気がする」
真加部はそういったことはよくわからない。ただ、母親の気持ちはわかる気がする。子供を思わない親はいないのだ。
「何度かやめて欲しいと言ってきたんだけど」
「辞めないんだ」
「そう」
母親は若干憂鬱そうな顔で、真加部におやすみなさいと言って家に入って行く。
真加部が探偵社に戻る。
パクの部屋に行く。
「パク、晩御飯はどうする」
パクは集中している。こういう時はいくら声を掛けても答えない。
真加部はパクの隣で彼女の肩に触れる。
「ああ、阿礼か」
「ずいぶん、集中してたな」
「防犯カメラの画像収集が終わったんだが、どうにも妙なんだ」
「どういうことだ?」
「時系列で言うと、最初が木次谷家への脅迫状だよな」
「そうだな。10日前になるな」
「木次谷家周辺の防犯カメラ映像をまとめたんだ」
モニターには付近の防犯カメラ映像が、時間を追って流されていく。
「木次谷家にはカメラが無くって、数メートル先の民家や公共のカメラ画像をまとめてる。それで脅迫状がポストに入ったという、直前3時間を追従してみた。それでいいんだよな」
「そうだな。母親が言うには脅迫状が届いた2時間前に、一度ポストを確認したって言ってたから、それで十分だ」
「画面を見てもらえばいいが、その時間に付近を徒歩、自動車、自転車通行をした人間は全部で15名いたんだ」
画面にはその15名分が流されている。
「明らかに怪しい人物はいなかったが、該当しそうな人間を調べてみた。犯人の可能性の高そうな若者、ナードに関係しそうなやつらだ」
「そうだな」
「素性まで分かったんだが、該当するやつはいなかった」
「どういうことだ?」
「こっちが聞きたいぐらいだ。探索漏れしたのかもしれないが、とにかく該当者無しだ」
真加部は考え込む。
「次は薬師亭事件だ」
真加部はうなずく。
「薬師亭前に防犯カメラがあって、階段入口は映らないんだが、その前後にはある」
モニターは薬師亭前の画像に変わる。
「こいつは時間限定だから、すぐに分かった」
画面には薬師亭1階の待機所を出てきたメンバーたちが、続々と地下に向かおうと歩いているのがわかる。アルチメイトことゆかりは、石堂サブマネージャーと共に最後に顔を出す。しばらくその画面のままで、それから1分ぐらいしてから男性が数人映ってきた。
「もう一方のカメラ画像だ。同じく1分前からの画像になる」
モニターには主婦、老人、子供が歩いていた。
「一応、こいつらの素性も当ったが、犯人候補じゃなかった」
「どういうことだ」
「映し忘れしたのか、元から階段脇に隠れていたか」
「いや、あそこの階段にそんなスペースは無いぞ」
真加部は考えこむ。パクは続ける。
「最後はパエリアだ。デサリアの防犯カメラ画像を加工してみた」
例の注文した人間の画像だ。モニター上には鮮明になった画像が流れる。
店の入り口付近に現れた人物が、店員に声を掛けている。真加部はその画像を食い入るように見ている。何かに気づいたようだ。
その人物は店員に話をして、お金を出している。一連の動作やしぐさに覚えがあった。
「これは浜辺だ」
パクが言う。「その通りだな。AI判定でも80%以上の確率で、この人物を浜辺と断定している」
真加部は考える。そして気が付く。すぐにパクにあることを調べさせる。
そうしてこの事件の全貌を理解した。




