タイ NTB
真加部たちは犯人グループに追われることも無く、レンタカーと航空機を乗り継いで、バンコクに向かうことができた。
途中、無事保護されたことをパクに伝え、彼女たちの肉親たちが、バンコクNTB事務所に迎えに来れるように手配もした。ちょうど娘たちがバンコクに到着するときに、親も着くことになる。
NTBのVIP室で3人と真加部、さらには支店長山脇が静かに家族の到着を待っている。真加部はこういう場面でじっとできない。先程からスマホをいじったり、室内をうろうろしたりして、山脇もそっちに気を取られている始末だ。
真加部が本日、5回目の移動を開始しようとしたところで、ⅤⅠP室の扉が開いた。
NTB事務員に連れられた家族たちが一斉に部屋に入る。娘たちの顔が輝く。後は悲鳴に近い涙である。
真加部はこういった光景も苦手のようだ。手持無沙汰もあってか部屋を抜け出す。
それから30分ぐらい経って、部屋の前でうろうろしていた真加部に、脇坂社長が近づいてきた。
「真加部さん、何とお礼をいっていいか」いいおっさんが涙で目を腫らしている。
「大丈夫。仕事だから」
「お約束の金額は振り込ませていただきます」
「それについても話があるんだ。ちょっといいかな?」
「はい、何でしょう」
真加部は周囲を気にする。ただ、周辺に人はいない。
「これからの対応だ。これは他の家族と話して欲しい。どうする?」
脇坂は意味が分からないと言った顔になる。「と言いますと?」
「事件を公表するか?当然、日本の警察が介入することになる」
「ああ、話は聞きました。裏に日本の特殊詐欺グループがいたということですね」
「そう。首謀者は日本人」
脇坂が考える。それに真加部が付け加える。
「娘さんたちは乱暴されてる」脇坂は苦悩の表情を見せる。「残念だが、そういう連中だ」
脇坂は苦し気な息をする。
「だから、このまま不問に伏すという手もあるということだ。何も無かったこととして」
脇坂があっと言う顔になる。
「ただ、旅行にいっただけと言うこと。それなりの人生経験にはなっただろうが」
しばらく考えて脇坂が言う。「わかりました。その方向でいいと思います」
「そうか、もちろん真加部探偵社から何も言うことは無い。秘密保持は徹底している。それでお金についても履歴を残さないということで、現金払いでいいかな。つまり、探偵に依頼した事実も無かったことにする」
情報を公開すれば娘たちだけでなく、家族も報道と言う特権階級の餌食にされる。さらにそれよりももっと怖いのは、SNSという怪物である。
脇坂は期せずして、頭を抱えるとそのまま床に座り込んでしまった。
仕事を終えた真加部は日本に戻る前によるところがあった。
旅行社からは程近い、バムルンラード国際病院である。
この病院は玄関口が馬鹿みたいに広い。大理石で出来ているのか、まるで高級ホテルである。こういう病院は自由診療で医者もランクがある。高級な治療を受けたければ金を払えということだ。日本などとは根本的に考え方が違う。
パクから情報をもらって、すでに面会のアポイントは取り付けてあった。
真加部がロビーを見回す。
大きな柱の陰に座っているタイ人の中年男性がいた。ブラウンのジャケット、黒いパンツ、短髪で細面。その男に真加部が近づく。
「チャイさん?」
「makabe?」
真加部はタイ語で話しだす。「そう。よろしく」
「タイ語が出来るのですか?」
「ええ、大丈夫。それでわかりましたか?」
チャイが自分の鞄の中から何やら書類を出してくる。そして妙に意味を含んだ顔になる。
それに気づいた真加部が言う。「お金はチャイさんの口座に振り込みますよ」
「ありがとうございます」そう言って自分の口座番号を知らせる。真加部はそれを確認し、スマホを使って送金処理をした。
振替処理は数分で完了する。チャイが笑みを浮かべる。「はい、いただきました」そう言うと封筒を真加部に渡す。
真加部が封筒の中身をあらためる。
チャイが言う。「2001年から2003年の記録になります。日本人か、もしくは東洋人に限定しています」
真加部が書類の表をざっと確認する。「けっこうな数がいますね」
「そうですね。この当時はまだ、禁止されていませんでした。ですから日本からも何人も来ていました」
真加部はその中に該当者を見つけた。おそらくそれだ。
ひとまず、タイでやることは終了した。