薬師亭
真加部はゆかりが病院にいる時間を利用して調査をする。
まずはパクに連絡し、先ほどのパエリア配達員を防犯カメラ画像で探させる。
そしてスタジオに戻るが、現場には手掛かりになりそうなものは無かった。パエリアは使い捨ての無地の皿に入っていたし、配達員はそれを自分のバッグから出していた。さらにレシート類も無いという徹底ぶりだった。
次に先週、突き落とされたというライブハウス薬師亭にも行ってみる。
ここはいわゆる3階建ての雑居ビルのようで、1階から上は店舗や貸ビルになっている。そして地下にイベントホール的な小規模のライブハウスが設けてある。
地下への階段は幅1mも無いぐらいで、すれ違うのがやっとだ。下まで落ちればそれなりに怪我もするだろう。階段の長さは7~8mはある。昼間の今はどんな感じだろうと顔を出してみる。
店員の男が一人、そこにいた。若い従業員だ。真加部を見ると「今日は4時からだよ」とライブに来た客とでも思ったのか話す。
「いや、客じゃないんだ。ちょっと話を聞かせてくれ」
「何?」
「先週、ナードがライブをやったんだろ?」
「ああ」
「何時からだった?」
「えーと、割と早かったな。7時からだと思ったけど」そういってスケジュール表を見ている。「そうだ。7時だな。それが何か?」
「俺は探偵をやっている真加部阿礼というものだ。今、ナードのアルチメイトの警護を担当している」
とたんに興味深い顔になる。
「はいはい、知ってるよ。アルトメイトが襲われたって話だろ。なんか脅迫状まで来たらしいな」
「どうして、それを知ってるんだ?」
「ネットじゃ大騒ぎだよ。いや、事務所側もコメント出してるだろ」
「そうなのか?」
「そうだよ。今やちょっとした騒ぎだよ。今週末のコンテストまで生き残れるか、みたいなさ」
とんでもない話になっている。
「じゃあ、先週のライブで、アルチメイトが突き飛ばされたっていうのも知ってるのか?」
「知ってるも何も、ライブが始まって自分から話してたぞ。突き飛ばした奴がいるって」
「まじか」
「元々ナードって言うのはそういうグループだからな。話題性があれば食いついていくんだ」
真加部はナードについて、もう少し知っておくことが必要だと考える。男が話す。
「俺はさ、突き飛ばされたって言う話も狂言じゃないかと思ってる」
「話題作りっていうのか?」
「実際、あの日のライブは異常に盛り上がってたよ。俺たちのナードに何をするって感じでさ」
「そういうものなのか」
「ナードっていうのは、教祖みたいなものでさ。宗教なんだよ。ファンは教祖様のために何でもするって感じかな」
「ふーん」
「メジャーになったら、ここなんか見向きもしないんだろうけどな」
「アルチメイトが入ってきた時間には、ファンはどうしてたんだ?」
「会場にいたよ。アイドルが入って来る前に入場チェックを終えてから、開始になるんだ」
「グループはどこにいるんだ。楽屋はどこなんだ」
「こんな小さな箱に楽屋は無いさ。一階に控室みたいな部屋があるんだ。そこで待機してた」
「となると、アルチメイトを襲ったやつはファンじゃないってことか」
「さあ、どうかな。実際、ナードって出禁のファンも多いからな。これまでもけっこういざこざがあって、そのたびに話題になってからな」
「じゃあ、出禁のファンがやったのか」
「どうかな。そこまでやるやつがいるのかってことだな」
真加部は考える。ナードについての認識を改める必要があるのかもしれないと思う。




