表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
地下アイドル
46/130

レッスンスタジオ

 真加部は無事にゆかりをレッスン場まで届ける。

 まあ、これまで百戦錬磨の真加部にとって、これぐらいは訳ないのである。もし、軍隊が襲ってきたとしても、彼女ならなんとかするだろう。さらに付けられたような形跡もなかった。

 レッスン場は元は何かの倉庫だったような建物で、防音効果もそれほどではない。いかにも安普請のプレハブで出来たようなスタジオだった。多目的用途で使われているようで、格闘技や舞台の稽古などにも使用されているそうだ。広さは16畳程度で片面に鏡があり、踊っている姿は確認できる。

 真加部を見た他のメンバーたちが、興味津々で近寄ってくる。こんな小さな女性がボディガードなの、と言わんばかりだ。実際、ゆかりや他のメンバーたちも体が大きく、身長も170㎝はあろうかという女性たちだ。真加部の公証160㎝とは大違いだ。

 こういう時は男相手だと、腕相撲や握力合戦で力を示すのだが、女性だとそうもいかない。しかし、真加部はそれ用に道具を持ってきていた。リュックからリンゴを出してくる。本来であればおやつに食べるのだが、こういう時にも使える代物だ。

 真加部はマネージャーの浜辺に聞く。

「これ、潰していいか?」

 リンゴを手に取っている。メンバーはキャッキャ言って喜んでいる。

 浜辺はまさかと言った顔だが、どうぞと言う。

 ゴミ箱を下に置いて、真加部は片手でリンゴを握るやいなや、ブシュという音と共にそれを粉砕する。

 ここまで笑っていたメンバーがヒッと悲鳴を上げて、一瞬で青くなる。それほど異様な光景だった。

 浜辺がびっくりして寄ってくる。

「それ、手品なの?」

 真加部は「まさか」と手を拭きながら言った。「とにかく、俺が来たからにはアルチメイトは安泰ってわけだよ」

 浜辺は口を開けたままのメンバーたちに、レッスンに入るように指示する。これで誰も真加部を馬鹿に出来ない。ちなみにリンゴは握力500Nで潰すことが可能だが、真加部のように瞬時に潰す場合はそれ以上となる。この力だと間違いなく、人間の頭も粉砕するのだろう。


 レッスンが始まる。真加部は、レッスン中は持ち込んだノートパソコンで別の仕事をしている。この大音響の中で良く仕事ができると思うが、まったく気にしていない。 

 ただ、メンバーは真加部が気になるようで、振り付け師の指示に反応が薄い。何度か浜辺が注意する始末だ。

 小一時間経つと、浜辺が現場から離れていく。彼女は別の仕事があるそうだ。

 そうして午前のレッスンが終了する。

 さすがに3時間も踊りっぱなしだと疲れるようだ。メンバーは汗だくで倒れこむようにスタジオ脇の休憩場所に座り込む。

 真加部がゆかりに聞く。

「いつもこんな感じなのか?」

 大きめのタオルで汗を拭きながら、ゆかりが言う。

「そうね。だいたいこんな感じ。だけど今回の振り付けは、いつもより気合が入ってる。命運がかかってるから」

 真加部が見たところ、確かにナードのダンスは普通とは違っている。こういったグループは基本的な動きを、全員がシンクロさせるものなのだが、このユニットは各自が異なる動きをする。それでいて全体の統一感があり、決めの踊りだけはシンクロさせるのだ。それゆえ、観客にさらなる相乗効果を与える。パクが言っていた浜辺の社会心理学的なアプローチの賜物なのだろう。

 メンバーたちが飲み物を飲みながら、思い思いに話をしている。ゆかりも一緒に笑顔で話している。こう見るとメンバーたちとは仲がいいようだ。よくある女性グループのいざこざなどは見られない。

 昼食はどうするのかと思っていたら、サブマネージャーという若者が現れる。彼は浜辺と同年代に見える。眼鏡を掛けて短髪の髪型で清潔感もある。女性グループにはこういったサブがいたほうがいいのだろう、それほどイケメンでもなく、普通の男だ。これが駒込のような2枚目だと、別の意味で問題が起きるはずだ。

「石堂、お昼は?」メンバーの一人が聞いている。

「お昼は浜辺さんが用意しているはずです」

 そう言って飲み物やおやつの補充を持ってきていた。

 サブマネが真加部に挨拶する。

「サブマネージャーの石堂大輔です。浜辺さんから話は聞いてます」

「マネージャーは二人でやってるのか?」

「ええ、そうです。ナード以外にも数グループ抱えてますので、実際、大変です。息つく暇もないぐらいで。まあ、今のところナード主体です」

「大会までか?」

「その通りです。優勝できれば、以降は楽になります。大手が入ってくれれば動きも桁違いによくなります」

「なるほどな。それで浜辺とはいつからの付き合いだ?」

「ああ、僕は大学のサークルの後輩になります。映像関係のクラブでした。昔は映画部と言ってたんですが、今はビジュアル研究部って名前になってます。浜辺はそこでアイドル研究をやっていて、僕も手伝わされた感じです。結局、それが仕事になりました」

 そういって笑う。確かに普通の仕事人になったほうが似合う感じではある。この業界だと大変だろう。

 いい機会なので例の突き飛ばし事件について聞いてみる。

「アルチメイトが突き飛ばされた時、お前もいたんだろ?」

「ああ、薬師亭の階段ですよね。いました」

「犯人を見たのか?」

「それなんですが、アルチメイトが遅れて入りになったので、僕は荷物を持って少し後から行ったんです。すると階段から悲鳴が聞こえて、その時に走り去る後ろ姿を見ただけなんです」

「どんな雰囲気だった。男か女か?」

「もう、後ろ姿も遠くなっていましたから、はっきりとはしなかったです。ただ、おそらく若い男だと思いました」

「そうか」

 はっきりしない。やはり調べるには防犯カメラ画像が有効だろう。

 ちょうど、そこに宅配業者が来た。昼食を持ってきたようだ。

 大きめの箱から出てきたのは、使い捨ての皿に入ったパエリアだった。うーんこれだと配達も大変だっただろう。

 石堂が言う。「じゃあ、みんなで食べよう」

 パエリアとは洒落ている。真加部は自分が持ってきた菓子パンを食べる。さかんに石堂が勧めるが固辞する。真加部にパエリアは似合わない。


 そして休む間もなく、午後の部が始まる。大会の準備と今度のコンサートの演目をチェックするようだ。

 真加部も再びパソコンと格闘を始める。探偵社には報告書以外にも山のように問い合わせが来る。顧客を得るためには丁寧な対応が必要だと、桑原からは口がすっぱくなるほど言われているのだ。

 そして30分が経ったころ、異変が起きた。

 ゆかりが突然、倒れこんだのだ。

 メンバーたちが驚いて彼女を取り囲む。

 ゆかりは大量の汗とともに、喘息のような呼吸不全を起こしていた。話すこともつらい様だ。顔は真っ赤で少し腫れているように見える。

 石堂が駆け寄ってゆかりを気遣うが、息が苦しいようで何もしゃべれない。石堂がつぶやく。

「毒?」

 そして他のメンバーを見るが、彼女たちは顔を見合わせるも異常は見受けられない。

 真加部が石堂達に聞く。

「ゆかりは何か持病があるのか?」

 石堂は首を振って、メンバーを見るが彼女たちもわからないという。

 真加部は救急車を手配する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ