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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
地下アイドル
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身辺警護

 真加部はアルチメイトの警護を始める前に、江古田署に顔を出していた。

 警察ではこういったストーカー案件は生活安全課が担当する。そこで今回の脅迫状の原本も確認させてもらった。指紋は受け取った母親のもの以外は見つからなかったそうだ。それなりに用意周到なやつなのだろう。

 さらにストーカー被害の実態も聞いたが、昨年実績で警察全体では2万件近い相談が来ているそうだ。江古田署管内でも100件以上の相談があったとのこと。それでも氷山の一角で、相談していないものを入れると、実際には相当数の被害があるということだ。

 2017年にストーカー規制法が発効され、規制が強化されたのだが、今もってストーカー被害は無くなっていない。法律が発効されたのは、地下アイドルが暴漢に襲われる事件が起因となっている。2016年に起きた冨田真由さん刺傷事件である。しかし、それにもかかわらず、近年も似たような事件は続いている。アイドル側も対策を講じるが、地下アイドルなどは、ファンとの距離感が重要である。握手会などのコンタクトも豊富で、隣にいるアイドルといった肌感覚が必要なのである。それ故、ストーカー事件を完全に防ぐことは出来ていない。


 警護開始の早朝、真加部はアルチメイトこと、木次谷ゆかりの自宅を訪ねる。

 江古田の住宅街、探偵社からも近い場所だった。自宅はこの地域でよく見る猫の額ほどの、庭付2階建て一軒家であった。

 チャイムを鳴らすと、玄関先に母親が出てきた。

「真加部阿礼だ。ゆかりさんのボディガードを担当する」

 母親はどことなくゆかりを思わせる顔立ちで、中年になったらこういった顔になるのだろうと想像させる。それでも今回のストーカー被害のせいか、顔には疲労の色が出ている。

 真加部を見て少し驚いている。

「え、あなたがボディガードなの?」

 真加部はそれには答えず。「ゆかりさんはいるか?」と聞く。

 母親は若干、困惑しながら話す。

「今、支度しているところなの、もう少し時間がかかるかな」

 そう言うと家の中の様子を探る。

「俺がいないときに何か起きたら心配だ。後で自宅に防犯カメラを設置させてもらう」

「ああ、大丈夫よ。いつでもどうぞ」

「何かあったら5分以内に到着する」

 真加部はいい機会だと思い、母親に質問する。

「少しいいか?」

 母親はうなずく。

「脅迫状はいつどんな風に届いたんだ?」

「ああ、それね。10日前にポストに入ってたの。普通の封筒に入っていたので、最初は何かの広告かと思ったんだけど、開けて見たら中にあれがあった」

「封筒か、宛名はあったのか?」

「普通の白い封筒に入ってて、宛名もなかったの」

「それを開けたのか?」

「封はしてなかったから、中を見たのよ」

 なるほど、そういうわけか、そのせいで警察も、いたずらと判断したということか。

「封筒も警察に渡したのか?」

「もちろん、でも指紋も何も出なかったって聞いたのよ」

「なるほどな。で、娘さんが襲われたと聞いたんだが、どんな状況だったんだ?」

 母親が驚く。「え、襲われたの?」

「聞いてないのか?突き飛ばされたと聞いたぞ」

「聞いてない。ほんとなの?」

「マネージャーの話だ。そう言ってた」

 母親は気が気でない様子で、家の中の娘を気にしているようだ。親子でそういった話をしていないのだろうか。

「今までもストーカーに近いことはあったと聞いたことがある。でも危害を加えるようなことは無かったって話だったわ」

「そういったストーカーの存在自体はわかっているのか?」

「マネージャーさんの話だと、何人か出禁になった人間はいるって聞いたけど。詳しくは聞いてない」

 そこに準備を終えたのか、ゆかりが出てきた。

 母親が心配そうにゆかりに聞く。

「あなた、襲われたの?」

 ゆかりは面倒だといった顔で、まとわりつく母親を振り切る。

「大げさなんだよ。ちょっと押されただけだよ」

 そうして母親を無視して出かけようとする。母親は取りすがるように、ゆかりを止めようとするが、彼女は再びそれを振り払う。

「大丈夫だって」

 見かねた真加部が母親に言う。

「俺が娘さんを守る。大丈夫だ」

 母親はなおも心配そうに言う。「でも」

 真加部ははっきりと宣言する。「俺の仕事はこれまで100%の成功率だ。娘さんには指一本触れさせない」

 母親は真剣な真加部を見て、それであきらめる。そうして真加部に一礼する。

 ゆかりは構わずどんどん歩き出す。

 隣に立って真加部が聞く。

「暴漢に襲われた話はしていなかったのか?」

「そんなのいちいちしてたら、切りがない」

 真加部は確認する。

「つまりは、これまでも同じようなことがあったということだな」

 ゆかりは立ち止まって言う。

「ちょっと小突かれたり、叩かれたりすることは日常茶飯事」そういって少し言いよどむ。「ただ、あそこまで突き飛ばされたのは初めてだった」

「詳しく聞かせてもらえるか?」

 ゆかりは再び歩き始める。

「あれは先週末のライブだった。入り時間に遅れそうだったんで、急いでたんだ」

「場所はどこだ?」

「新井薬師のライブハウス。駅前の薬師亭」

 真加部はうなずく。

「あそこは地下になるだろ」

 薬師亭は地下に向かって割と長い細い階段があった。客がすれ違うにも苦労するぐらいの幅だ。

「降りようとして、後ろから突き飛ばされた」

「よく怪我をしなかったな」

 ゆかりは笑って言う。「私は元体操選手、回避行動ぐらいできる」

「犯人は見ていないのか?」

「サブマネの石堂が見たって言ってた。急いで逃げたので追いつけなかったって」

「若い男か?」

「後ろ姿だけだから、多分、そうらしいけど。でもはっきりしない」

「まあ、仕方が無いか。で、今日はレッスンなのか?」

 今日は新井薬師のレッスンスタジオに行くことになっていた。

「そうね。今度の大会用の練習」

「そうか、優勝するといいな」

「これでうちらの未来が決まる」

 ゆかりは急いで歩き続ける。

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