地下アイドル
真加部は探偵社の鍵を開けようと、ドアノブを触って、すでに開いているのに気づく。
急いで部屋に入る。パクの部屋から音がする。
勢い勇んで扉を開ける。「パク、戻ったのか?」
部屋ではパクがいつものようにパソコンに向かっていた。
パクが振り返る。さすがに少しやつれたようだ。
「お母さんはどうだった?」
「ああ、抗がん剤が合わなかったみたいだ。体力も落ち気味で心配したんだが、なんとか持ち直した。これから新しい抗がん剤を試すそうだ」
「そうか」
「何が効くかわからないからな。色々試すしかない」
「そうだな。新薬も次々と出てるからな」
「阿礼、それで金が要る。もっともっと仕事をしないと」
「大丈夫だ。仕事は続々と来てるぞ」
「そうか」
「今日もこれから人と会う約束だ」
「へー、どんな案件だ?」
「パクは知ってるか?ナードっていうアイドルグループだ」
パクは目をむく。「まじか!ナードは新井薬師が生んだスーパーアイドルだぞ」
「なんか、そうらしいな。俺はよく知らなかったんだが、そんなに有名なのか?」
「新井薬師どころか、これから全国区になろうというアイドルだ」
「パクは詳しいな」
「もちろんだ」
パクは自慢げに胸を叩くと、画面に何かを映し出す。
プロモーションビデオなのか、5人組の女の子たちが踊り狂っている。そうなのだ。踊ってる感じではない。狂ったように踊っている。歌っているようなのだが、とにかく彼女たちのダンスが強烈だ。画面もCG加工しているのか、彩色要素が半端ない。
「なんか、すごいな」
「そうだろ、これが新井薬師で見れるんだぞ」
「パクは見たことあるのか?」
「無い。人混みは嫌いだ」
真加部はあきれる。まあ、確かに真加部も人混みは好きではない。
「ナードはマネージャー兼プロデューサーの浜辺純璃愛が実験的に始めたユニットなんだ」
「実験?」
「ナードが発足当時、浜辺は大学生だったんだが、社会心理学を専攻していたんだ。その卒論のテーマとしたのが、地下アイドルだった」
「ほー」
「どういったアイドルが、今の世の中で求められているのかを学術的に追及したのが、ナードだ。そしてどうやれば売れるのかも研究した。ナード(Nerd)の意味はオタクだな」
「なるほどな。究極のオタク文化といったところか」
「今のアイドルを分類すると、KPOPか、王道のアイドルグループ、それと特殊性とでもいった特徴満載のグループに分けられる」
「そうなのか」
「大まかに言ってだよ。その中でもナードは後者の特殊性に特化しているんだが、とにかくダンスが強烈だ」
「プロモにあったやつだな」
「ナードの存在自体が、今の若者が持っている、社会に対する閉塞感の受け皿になっているんだ」
「ほー」パクの分析はすごいと素直に感心する。こいつは音楽評論家にでもなるつもりか。
「そしてナードはアスリートの集団でもあるんだ」
「何だ。アスリートって?」
「元運動選手の一流どころを集めて、ユニットにしてるんだ。各々がオリンピック候補だったらしいぞ。そういった運動神経をベースに、ダンスやパフォーマンスをさせている。だから強烈なんだよ」
真加部はパクのオタクぶりに感心している。
「浜辺の目論見は見事に当たって、ナードは1年足らずでアイドルとしての地位を確立した。そして今や全国区になろうとしている」
「全国区か」
「メジャーデビューって意味な」
「なるほど」
「今度、そういった地下アイドルを集めたコンテストがある。そこで優勝するはずだ」
「そうなのか」
「そうなるといよいよメジャーデビューだ。大手のプロダクションが付くからな。それでそのナードが何の用だ?」
「何でもストーカー被害にあってるそうだ」
「まじか、ストーカーか、やっかいだな」
「まあな。詳しい話は会ってするそうだ」
するとちょうどチャイムが鳴った。依頼主の登場だ。




