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タイ パッターニー

 真加部は急いでスワンナプーム空港に戻ると、エアアジア航空でハートヤイ空港まで行く。エアアジアはキャンペーン中で、この便を逃すと他のLLCは若干高かったのだ。まさに異常な金銭感覚だ。けちともいう。

 空港でレンタカーを借りる。

 そして1時間弱のドライブで目的地周辺に着いた。

 ここで真加部はパクに電話をする。

「パク、場所はここで間違いが無いのか?なんかビルがある」

 真加部がいるのはタイ南部のパッターニーである。ここはマレーシアも近い、いわゆる熱帯地域になる。真加部は幅3mぐらいの道路わきの白いビル近くにいる。

『そうだ。それが通信元の居場所だよ』

 3階建ての、日本で言うと雑居ビルのような建物である。

「ちゃんとハッキングできたのかよ」

『なんだと私を誰だと思ってる。間違いなくそこが発信元だ』

「ふーん」そう言うと、真加部はパクにあらかじめ訪ねていた情報を確認する。電話を切る。

 雑居ビルの手前には、お誂え向きに廃棄された住宅跡があり、真加部はそこに身を隠す。真加部は作戦を練る。現在は夕方だ。もう少し待って暗くなってから行動を起こそう。

 外からビル内部は見えない。窓はあるが格子が入っており、ブラインドもついている。先ほどからそのビルに入る人間は軍人などではない。若者が多いがおそらくこの地域のチンピラみたいだ。そしてやはり思った通りだった。


 深夜2時まで待って、いよいよ真加部が動き出す。

 リュックから暗視スコープAN・PVS-31を取り出す。これは米軍が使っているやつだ。真加部探偵社では高額な備品にカテゴライズされている。

 それを装着すると、まずは道路にある街灯を破壊していくことから始める。道路沿いに片側だけ街灯が設置されている。街灯は日本と同じようにL字になっている。10m刻みに灯りがあるのだが、それほど明るいわけでもない。

 真加部が持っているのは金属球だ。2㎝ぐらいのパチンコ玉の大きいやつで、それを投げつける。そして見事に街灯に的中させていく。パンという音とともに、明かりが消えていく。その程度の音だと誰も気づかない。そして辺りは月明りのみとなった。

 真加部は静かにビルに近づく。ビルの脇にある柱を掴むと、するすると登っていく。まるでイモリが壁を這うようだ。一気に3階まで到達する。

 3階には外に向かって50㎝格の窓があった。真加部はここが怪しいと踏んでいた。パッターニー地方は、この時間でも25度はある。他の部屋の窓は開いているが、ここだけは閉まったままだった。

 真加部はそれを開けようとするが、やはり鍵がかかっていた。リュックからガラス切りを出すと、これまた器用に穴をあける。まったく音無しである。ガラスの破片を取り去ると、開いた穴から内部を確認する。声にならない声でビンゴと言う。そこに人質がいた。

 ゆっくりと手を入れてクレセント錠を回し、窓を開けて音も無く、中に素早く侵入する。

 監視役なのかそこに二人の男がいた。二人とも床に座ってうたたね状態である。まさか外から人が入るとは思っていない。

 真加部は静かに近づくといきなり、一人目のこめかみにパンチを食らわす。ここは人間の急所である。鈍い音で攻撃が決まると一発で気絶する。まさに急所に入ったのだ。男はそのまま床にへたり込む。真加部は音がしないように男を支える。

 隣の男が何事かとようやく気付くが、時すでに遅し、再び真加部のテンプル攻撃が炸裂する。同じように気絶していく。一気に二人とも片づけた。真加部は男たちの懐から拳銃をいただく。銃はSIG SAUER P320だった。手動の安全装置はついていないが、タイでは軍隊が使うものだ。コンパクトサイズだが、重量は730gと重い。米軍でも使用されており、真加部にはなじみがある。そして真加部の考えは増々確信になる。

 人質は3名ともそこに縛られていた。全身が汚れ、ぐったりと床に横たわっている。真加部には運のいいことに猿ぐつわもされていた。気配に気づいたのか一人が目をむいている。

 真加部がそっと近づいて小声で「助けに来た」という。ここで3人とも気付いたのか動こうとするので、真加部は口に指をあてて静かにするように言う。猿ぐつわに感謝だ。

 暗視スコープを上に上げて、飯坂未來の猿ぐつわをナイフで切る。

「犯人は何人ぐらい?」

 未來はすでに半泣きだ。「わからない。でも10人以上いるかも」

「ここに伸びてるのは現地人だけど、ボスは日本人だよね」

「ええ」

 真加部はうなずくと「窓からロープで降りれる?」と一応聞いてみる。

 未来は驚愕の目で首を振りながら、無理無理と言う。やっぱりそうなのか、真加部は仕方なく、強行突破を目論む。

 3人のロープと猿ぐつわを外すと、ほどいた一本のロープを掴むように言う。子供の電車ごっこの要領で暗闇でもついて来れるようにするためだ。

「いい、離さないで持つの」

 月明りの中、3人がうなずく。

「下に行く階段はどこにある?」

「よくわからない」

「犯人がどこにいるのかも?」

 3人が同じ動きでうなずく。

 真加部はこの部屋の作りとビルの外観から、部屋の反対側に階段があると見当をつける。考えても仕方がない。やるしかない。

 監禁された部屋の扉にも鍵が掛かっていた。安価なシリンダー錠だ。真加部はまるで鍵でも使ったように、自分の工具で簡単に開ける。

 小声で行くよと言うと、ゆっくりと扉を開ける。

 暗視スコープを付けた真加部を先頭に歩き出す。

 渡り廊下のような一本道で廊下が続いており、廊下は建物の端に続いている。部屋は先程の監禁部屋と同じ作りで残り2部屋があるようだ。ラッキーなことにそこにはそれぞれ扉があり、今は閉まっている。中から廊下は見えない。ただ、真加部はそうだろうと思っていた。3階に幹部連中の部屋があるはずなのだ。現在は就寝中だろう。そのまま廊下を行く。

 廊下の天井には蛍光灯があり、煌々と照らしている。下の階も同じ作りなのだろうか。

 2階まで降りる。そこは広間になっていた。たくさんの机やパソコン類が置いてある。今は真っ暗で人の気配はない。日中はここから電話やメールを送りまくっているのだろう。そして嫌な予感がする。同じ作りで一階があるということになる。そしてそこにはここで作業をしていた連中がいるのだろう。寝ていてくれればいいのだが。

 ゆっくりと階段を降りる。

 あちゃー、最悪じゃないか、1階は明かりがついていた。

 そうかといって引き返す手は無い。とにかくここから脱出するしかないのだ。

 そのまま、階段をゆっくりと降りていく。

 一階も2階と同様に広いスペースがあり、食堂のように机や椅子、さらにはソファなどが置いてある。たくさんの男たちがいるためか、すえた匂いが充満している。

 そこに数名の男たちが寝ていた。床に寝袋のようなもので寝ている奴もいる。また、この時間になっても起きてるやつがいた。男たち4人が酒でも飲んでいるのか赤ら顔である。

 階段に現れた真加部たちを見て、一瞬にして目が覚めたようだ。タイ語でわめきたてる。

 後ろを付いてきた女性群が悲鳴をあげる。

 真加部は舌打ちをするやいなや、拳銃を発砲する。ただ真加部が狙ったのはそこにいる男たちではない。天井にある灯りである。

 数か所あった明かりが次々と破壊されていく。真加部の銃撃は実に正確である。どんどん明かりが消えていく。9㎜弾の発砲音は大きい。寝ていた連中も一斉に飛び起きるが、その頃には暗闇になっていた。

 真加部はカルガモの親子よろしく、女たちを引きつれて出口まで行こうとするが、男たちが闇雲に襲って来る。しかし真加部のような暗視装置があるわけでもない。まさに赤子の手をひねるようである。真加部は格闘技の達人で、暗視カメラ越しだが、正確に男たちを倒していく。基本は側頭部、こめかみへの攻撃だ。ここは脳震盪を起こす。ましてや相手は暗闇であり、無防備に近いのだ。その上真加部である。パンチや回し蹴りで次々と男たちを倒していく。ほぼ手加減無しである。死んだらごめんなさいといったところか。

 ものの1分もかからずに10数名、全員がのびていた。

 ここまでで、さすがの騒ぎに気付いた3階の幹部連中が降りてくる。

 ただ、暗闇のため、ほぼ何も見えない。真加部には見えている。

 降りてきた幹部、日本人が4人いる。

「ごらあ、何しやがる!」日本語でがなり立てる。

 さらにご丁寧に銃まで所持している。2名が真加部の持っているSIGで残り2人は短機関銃H&K MP5だ。

「近藤泰司さんよ。それぐらいにしときな」真加部が言う。

「てめえ、何言ってる」暗視カメラから見る近藤と呼ばれた男があたふたしている。

「いいか、この暗視ゴーグルで動画も撮ってる。日本の警察に情報を流すことも可能だ」

 近藤は暗闇からの声にたじろぐ。

「このまま、何も無かったことにしたかったら、何もするな。そうすれば見逃してやる」

「ふざけんな。そんなわけにいくか」

 そう言うと真加部に向かってくる。ただ、暗闇のため、階段に気を使いながらだ。

 真加部は再び舌打ちをする。面倒なやつらだ。そう言っていきなり拳銃を撃つ。

 再び大きな銃撃音と共に、幹部連中の銃器が次々と吹き飛んでいく。さらにはその衝撃でやつらの手は血まみれになる。幹部連中は痛みに耐えきれず、うずくまって呻きだす。

「だから言っただろ。見逃せば何もしないと言ってるんだ。それで我慢しろ」

 すでに幹部たちに戦意は感じられない。もっともこの状態で銃器を持つことは不可能だ。手の損傷はひどい。

 うめき声を背に、真加部たちカルガモ親子はそのまま出口に向かう。

 賊たちは追ってくることはなかった。

 外に出る。暗視スコープを外す。月明りが程よい。

 真加部が女たちに言う。「その先に車がある。そこまで行けば大丈夫だ」

 皆、ボロボロと泣きながら車の方に走っていく。

 真加部は雑居ビルを振り返る。連中が追ってくることは無かった。まあ、日本の犯罪集団が暗視ゴーグルを持ってることはないからな。

 真加部も車に向かう。そして一言つぶやいた。文伍、約束は守ったぞ、今回も人殺しはしていない。

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