決行
三日後の昼12時、予定通り阿礼は国際商店を訪ねる。
店に入るとネズミが待っていた。
「金は持ってきたか?」
阿礼はリュックから6万ドルを出す。
ネズミはそれを確認すると、奥の金庫にしまう。
「よし、行くぞ」
そう言うと、店の裏に行く。阿礼が付いていくと、そこにはトラックがあった。
「トラックがあるのか?」
「貿易商がトラックを持ってなくて、何ができるってんだ」
阿礼がトラックを観察する。長さは7mはある大きなトラックだ。軍用なのか大きなタイヤが6個ついており、荷台にはホロが被せてある。
「これはロシア製か?」
「そうだ。ウラルの中古車だ。本当は日本の日野が欲しいんだがな。俺の金じゃ買えない」
阿礼はホロを開けて荷物を確認する。
「魚?」
大きなポリ容器が荷台いっぱいに置いてあり、魚臭い。
「俺の仕事は貿易商だからな。こいつを中国へもっていく。ここで売れるものは魚ぐらいしかない。物々交換みたいなものだ。これで中国製品を買う」
「そうか」
「あくまで商売をしているだけだ。それで政府も潤うことになるから黙認している」
「わかった」
「じゃあ、乗れ」
阿礼に助手席を勧める。
「お前は助手として乗り込むんだ。いいな」
阿礼はうなずく。
ディーゼルエンジンがかかる。助手席に座った阿礼は、待ち合わせ場所を教える。車が走り出す。
しばらく走ってネズミが話し出す。
「お前は俺を疑わないのか?お前を政府に売るかもしれないだろ。米国のエージェントなら、それなりに俺への見返りもあるだろうしな」
阿礼はネズミをじっと見る。
「そうだな。そこは俺の勘とでもいうのかな。お前は信じるに値する人間だと思ったとしか、言いようがない」
ネズミは笑う。「それは光栄だな」
「それで、どういうルートで行くんだ?」
「元山、咸興、清津、穏城経由で行く。検問は10か所ってとこかな。時間は早くても18時間はかかる。ちょうど早朝に着く時間だ。川を渡るのもその頃がいいだろ。警備も手薄になる。ああ、運転できるよな」
「大丈夫だ」
「替わってもらうぞ」
トラックはサドン地区に入る。
街を抜け、しばらく走ると待ち合わせ場所になる。郊外の森の中だ。
「ここら辺か」ネズミが周囲を確認しながらゆっくりと走る。
トラックの音に気付いたのか、木の陰から人が出てくる。
「パクだ。停まって」
阿礼がパクに駆け寄る。
パクは心なしか緊張気味だ。いつもの幽霊ではない。顔は真っ青だ。
「パク、家族はどこだ」
パクは、トラックとネズミを注意深く観察してから、阿礼に言う。
「今、連れてくる」そう言うと森の中に入って行く。
なるほど、全幅の信頼を得ているわけではないということか。
少し待つと森の中から、数名が姿を見せる。
祖母、両親、そして弟のようだ。
パクが阿礼に紹介する。
「祖母の栄玉、父の建設、母の春、弟の強盛だ」
祖母は60歳は越えているだろう。父は40歳後半、そして母親は見るからに苦しそうな顔をしている。父親に縋りつくぐらいの状態だ。全員がやせているのだが、母親は異常なやせ方だ。
「母は病気だ」
弟は高校生ぐらいだろうか、目がギラギラとしている。この歳で命を懸けるのだから致し方ないのだろう。
ネズミがみんなに言う。
「悪いが家族は荷台の荷物に紛れてもらう。それしか運びようがない。それと検閲では箱の中に隠れるようになる」
パクはうなずく。
「じゃあ、ここからすぐに検問がある。まず箱に入ってくれ。すぐに出るぞ」
ホロを外して、家族は箱に入る。魚と同じプラスチック製の小さい箱だ。身体を折りたたむようにして中に隠れる。
「あまりいい道ばかりじゃないから、少し揺れるぞ」
家族は箱の中でうなずく。ネズミが箱に蓋をする。
阿礼がネズミに話す。
「パクと話がしたい。いいか?」
「ここからすぐにサドンの検問がある。そこを抜けてからでいいか?」
「わかった」
ネズミはホロを掛け、車は出発する。
走り出してネズミが言う。
「母親は病気か?」
「知らなかった。そういうことか」
阿礼はパクの目論見を理解する。おそらく母親を治療したいがために、亡命を申し出たのだ。パクと家族の並々ならぬ決意を知る。
サドン地区からの検問は厳しいものがある。首都から抜けていくわけだから、それなりに理由も必要になる。こういった闇商人でも使わなければ、まずは出ることもままならない。
昼時だが検問所は当然やっていた。トラックが近づくと、軍人が数人出てくる。やはり小銃を抱えている。
「止まれ!」
手で制して、運転席のネズミを見る。
「李英浩か、運搬か?」
「ええ、魚介類なんで新鮮さが命です」
そう言いながら、軍人に金を渡す。当然、ドル紙幣だ。
何も言わずにそれを受け取ると、「荷物を見るぞ」そう言って荷台のホロを開けて隙間をのぞく。
「魚臭いな」
すぐにホロを元に戻して言う。「よし、行っていい」
第一関門突破だ。
ネズミが言う。「これが10か所は続くんだ」




