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私立探偵 真加部阿礼  作者: 春原 恵志
パクミンヘ
37/130

鴨緑江(おうりょくこう)のネズミ

平壌は北朝鮮の首都だ。それなりに高層ビルもあるが、少し裏通りに入ると、この国の貧しさを実感することになる。町全体が灰色に覆われたようで、建物は平屋がほとんど、そして老朽化し、田舎の寂れた街並みと変わらない。人々が笑いあうようなこともなく、日本製の中古自転車も目立つ。自動車に乗るような者はここにはいない。

 文伍から教えられた場所に急ぐ。

 闇営業なのだろうか、道路沿いに露店が出ている。台があるのはいいほうで、地べたに茣蓙ござを敷いて売っているのも目立つ。売っているものは服や靴、電気製品、タバコ、化粧品や食品、いかがわしい医療品も売っている。さしずめ、ここがコンビニのようなものか。ただ、中古品や粗悪品であることはわかる。

 該当の住所まで来ると、一応、建物はあった。ここは露店ではないようだ。表の看板は『クッチェサンジョム(国際商店)』とある。なるほど、いかにもと言った名前だ。

挿絵(By みてみん)

 店の間口は3mぐらいと広く、店の前には色々な商品が置いてあった。表向きは中国製品を販売しているようだ。これまでの闇市とは異なり、それなりの品物に見える。

 店頭に人はおらず、阿礼は中に声を掛ける。

「すみません」

 すぐに中から人が出てくる。ああ、いかにもといった強面の中年男である。

「はい、何か」凡そ物を販売しそうにない雰囲気である。阿礼をねめつける。

「鴨緑江のネズミに会いたい」

 途端に顔色が変わる。

「てめえ、何言ってやがる」いきなり殴りかからんばかりの勢いである。

 阿礼はまったく動じず。「頼みたいことがある」

「だから、そんな奴は知らないって言ってんだろ」

 仕方が無いとばかりに、阿礼はドル札を見せる。

「これでも知らないか?」

 男は目を大きく開けて、柔和な顔になる。

「ああ、ネズミか。ちょうどいるよ。奥に来な」

 男はそのまま奥に向かっていく。阿礼もついていく。

 店の奥は事務所になっているのか、机、椅子などがあり、雑多な箱が積んであった。

 男は振り返ると、「ネズミに会う前に俺と楽しいことしようぜ」

 そう言って阿礼に抱きつこうとする。

 瞬殺だった。阿礼は男の前から消えると、強烈なパンチを腹に打ち込む。

 鈍い音がして、男は目をむくと、そのまま前のめりに倒れていく。

 音に気付いて、奥の方から男が出てきた。そして目の前の光景に目を疑う。

「お前がやったのか?」

 痩せぎすで目のギラギラした、日焼けした中年男だ。貫禄から言ってこいつがネズミだろう。

「殺したのか?」

「いや、程度はわきまえてる。気絶しただけだ」

 中年男は倒れた仲間を確認する。確かに息はあった。阿礼が言う。

「おさわり厳禁だからな。お仕置きだ。それであんたが鴨緑江のネズミか?」

 男は阿礼をじっと見る。

「誰から聞いた?」

「出どころは言えない。ただ、あんたに頼めば上手くいくと聞いた」

「案件による。あんた、誰なんだ?」

「アメリカのエージェントだ」

 男は少し驚く。「よくここまで来れたな。まあ、いい。で、どういう仕事だ」

「家族5人を脱北させたい」

 ネズミは眉間にしわを寄せる。

「5人は多いな」

「俺も協力する」

「この力でか」男は床に倒れた男を指す。「いや、そういう問題じゃない。戦争をやるつもりじゃないんだろ」

 阿礼は黙る。

「要はどうやって、何風立てずにいなくなれるかってことなんだよ。わかるか、俺もここで生きて行かなくちゃならない。事を起こすわけにはいかないんだ」

 阿礼はうなずく。

「金が要るぞ。俺に払う分だけじゃない。相当な数の検問を抜けなくちゃならない」

「大丈夫だ」

 ネズミはふっと笑う。

「一人1万ドルだ。お前さんを入れて6万ドル」

「わかった」

 ネズミは驚く。

「現金だぞ。米ドルだ」

「もちろん」

 ネズミは真剣な顔になる。

「失敗しても仕方が無い案件だ。もし追われるようなことになれば、俺は遠慮なく逃げるぞ」

「いいだろ」

「それとこっちが送れるのは、豆満江、中国に渡る川岸までだ。あとは知らない」

「船はあるのか?」

「6人が乗れる木造船を用意する。ああ、当然、エンジンなんかないぞ。手漕ぎだ」

「わかった」

「運が良ければ歩いて渡れる川だ。ただ、今は雨期だから厳しいな」

「いつ行ける?急いでるんだ」

「そうだな」ネズミは考える。「三日くれ、それで何とかしよう」

「家族を連れて来ればいいのか?」

「いや、こっちから行く。当局の目もある。今や、あんたが知ったように、こっちの闇商売もそれなりに気付かれてる節がある」

「じゃあ、俺だけが来ればいいか?」

「そうしてくれ。三日後のそうだな。昼の12時でいいか」

「わかった。金はその時に渡す」

「普通は前金をもらうんだが、いいだろ。お前を信じよう」

「よろしく頼む」

 阿礼は店を後にする。

 そしてその深夜、再び寮に忍び込むとパクに詳細を話す。パクも納得し、決行は三日後になった。

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