飲み会
そして翌土曜日に合同コンパが開催される。
江古田駅近くの和食店。割烹とまではいかないが、落ち着いた和風居酒屋である。もちろん駒込が予約した。今時の男子はこういう店選びもセンスがいいのだ。
木目調のテーブルと座椅子のある4人掛けの個室で、駒込と同期の野田が待っている。現在は夜の7時30分である。ここまででお互いの近況報告は終わっている。
野田はいよいよ本題に入る。
「駒込がお気に入りの子なのか?」
「いや、そういうんじゃないな。探偵をやってるんだが、とにかくすごいんだよ。これ見てみ」
駒込がスマホの動画を見せる。例の阿礼が映っている画像である。
「まじかよ。人間技じゃないな」
「だろ、すげえんだ」
「いや、CGとしか思えねえな」
野田は駒込の警察学校時代の同期で、現在は立川南署に勤務している。今日は駒込に誘われて来た。
「7時の約束だよな。遅れてるな」
「そうだな」
すると入口が開いて、真加部の姿が見える。いつになしか、血相を変えているように見える。駒込が手を上げる。
真加部が駆け寄ってくる。パクの姿がない。
「悪いな。パクが来れなくなった。またにしてくれるか」
「え、どういうことですか?」
「ちょっと家族に問題が起きたんだ」
「ああ、そうですか、じゃあ仕方ないですね」そう言って、ぽかんと口を開けている野田を紹介する。
「ああ、こちら同期の野田です」
「ああ、真加部阿礼だ。今日は悪かったな」
「いえ、あなたが真加部さんか、お噂はかねがね」
「あ、そうだ」
真加部は名刺を出す。
「探偵をやっている。何かあったら呼んでくれ」
野田は名刺をしげしげと見る。代表取締役真加部阿礼とある。
「社長さんですか」
「そんないいもんじゃない。単なる肩書だ」
駒込が言う。
「阿礼さん、合コンはまたの機会にして、今日は単なる飲み会にしませんか?それとも何か用事がありますか?」
「いや、用事はないが」
「料理も無駄になりますから」
「そうか、わかった。じゃあそうしよう」
ということで、真加部は席に着く。
そして宴会が始まる。
差しさわりのない話から、宴会は続いていく。
しばらく飲み食いしていると、駒込は真加部の弱点を知ることになる。
なんと彼女は酒に弱いのである。それなりに飲酒はするので、飲めるのかと思ったが、徐々に赤くなって、ついには酔いつぶれてしまった。
「まいったな」駒込が寝てしまった真加部を前に言う。
先ほどから起こそうと呼びかけたり、ゆすって見たりするも微動だにしない。
「アルコール中毒ってことでもないか。寝てるだけだな」
「送っていくしかないだろ。家は知ってるのか?」
「探偵社は知ってるから、そこまで送るよ」
「おう、変な気を起こすなよ」野田はにやりと笑う。
「あったりまえだろ。警察官がそんなことできるかよ」
「いやいや近頃の警官は当てにできないからな」
「お前が言うか」
「それにしても不思議な子だな。寝顔は子供みたいだ」
「たしかに」
二人掛かりで、駒込の背中に真加部を乗っける。
店の前で野田が手を振る。夜も更けている。
「じゃあな。また」
「ああ、悪かったな。付き合わせて」
「いいって、お前と久々に飲めて楽しかったよ」
それで宴会はお開きとなった。
江古田周辺、探偵社までの夜道。人通りもそれほどあるわけではない。
駒込が真加部を背負って、探偵社の方向に歩いている。
こんな真加部を見るのは初めてだが、寝顔は妙にかわいらしい。元々はこういった普通の女の子なのだ。ただ、あの運動神経を見ると、それが信じられない気はする。
そして背負った感じも普通の女性とは違う。重さはさほどないのだが、何か硬質な機械的な感触がする。
「駒込はいい匂いがするな」
目が覚めたのか、背中の真加部がつぶやく。
「目が覚めましたか」
「ああ、ありがとう。降ろしてくれ」
駒込が真加部を降ろす。
まだ、足元がおぼつかないのか、よたよたしながら阿礼が歩き出す。
ここは住宅街もあって、静かだ。時たま犬の吠える声が聞こえるぐらいだ。
「お酒弱いんですね」
「そうだな。そう言えば今までほとんど飲んだことが無かった。アルコールは分解できない体質だったんだな」
何か普通の言い方ではない点が気にかかる。
「そんな風には見えない飲みっぷりでしたよ」
「今後は気を付けるよ」
駒込は気になっていたことを聞いてみる。
「真加部さんは元々、アメリカにいたんですか?」
「ああ、そうだな。阿礼でいいぞ」
「で、阿礼さんはいつ日本に来たんですか?」
「2年前だ」
「え、そんなに最近なんですか?」
「まあな」
「それまではアメリカにいたんですか?ああ、そもそも日本人ですよね」
「俺の話はいいだろ。それよりパクだ。駒込はパクをどう思ってる?」
「パクさんですか、ほとんど話もしたことないですからね」
「そうか、パクは駒込を気に入ってるみたいだ」
「そうですか」
「あいつは苦労してるんだ」
「韓国の人ですよね」
真加部は少し間を置く。
「あいつは脱北者だ」
「え、そうなんですか」
「興味あるか?」
「ええ」
「じゃあ、探偵社で話をする」
そういうと、ふらふらしながら探偵社に向かっていく。




