警視庁 資料室
警視庁本部庁舎。通称桜田門。地下4階、地上18階の皇居近くに存在する巨大な建物である。
今日の真加部はいつもの自転車なのだが、衣装やリュックも含め、いつもとは違う。
某ケータリングサービスの格好である。大きな背中のバッグには会社のロゴも書いてある。目立つし、それなりに走るうえでは世間に認可されており、何かと都合がいいらしい。
自転車を警視庁付近の駐輪場に置くと、ジャケットを脱いで別の衣装に着替える。なんと警察官だ。パンツスーツはそのままで上は制服になる。バッグから鞄を出すと歩き出す。
その姿はどこから見ても警察官だ。ご丁寧に階級章まで付いている。
そのまま警視庁に入って行く。入口にはゲートがあり、駅の改札口同様にカードをかざして入るのだが、真加部はあっさりとカードを使って中に入って行く。異常音も鳴ることなく、まさに警察官そのものだ。
普段の横柄な態度は影を潜め、全く違和感のない平巡査を演じている。会う人ごとに軽く会釈をしながら、どんどん進んでいく。
真加部が向かうのは地下1階文書課資料室である。
資料室に入るためには、文書課を通る必要がある。許可がいるのだ。室内では職員たちが忙しそうに仕事をしている。
資料室前には受付のような担当者がいた。真加部はその担当者に話をする。
「生活安全総務課の鈴木と申します。2002年の捜査資料の閲覧を希望します」
担当のおそらく再雇用者と思われる、銀縁眼鏡のしわしわ爺さんが胡散臭そうに真加部を見る。
「ずいぶん、古いのを見るんだね。まあいいか。ええと年代順に並んでるから勝手に見ていいよ」
そう言って資料室の扉を指さす。
「了解しました」真加部は敬礼しながら奥に向かう。
爺さんは、真加部に少し違和感を感じるが、それほど気にするでもないようだ。
資料室と書かれた、金属の扉を開けると、そこはまさに倉庫だった。
高さ3mはある棚が部屋中にある。まるで図書館か、どこかの物流倉庫のようだ。棚には、段ボール箱に入れられた捜査資料や証拠品が並べられている。
警視庁の捜査資料は現在は電子化されて、データベース化されているが、2000年以前の資料は紙ベースで保管されているものが多い。未解決事件は別だが、解決済の事件についてはある程度保管されたのち、廃棄されている。
真加部は2002年の棚を探す。一応、年度別には保管されている様だが、とにかく量が多い。
「なんで電子化してないんだよ」
ぶつくさ言いながら2002年の棚を探す。「あった」そしてうんざりする。そこにある棚の一列、数メートル分が2002年であった。
「まじかよ」
仕方なく端から事件名を当たっていく。棚の端から段ボール箱を一個ずつ確認していくのだ。中には埃まみれになっている物もあり、ゲホゲホ言いながらである。
そして2時間後、汗だくになった真加部が叫ぶ。
「ねーじゃねえかよ」
棚すべてと、前後の年代のものまで探し尽くすも、目的の資料は無かった。
仕方なく、真加部は受付に戻り、爺さんに確認する。
「すみません。資料が見当たらないのですが」真加部って敬語が使えるんだ。
半分、寝ていたような顔で爺さんが言う。
「無いって、どの資料?」
「2002年5月に発生した『武蔵大和幼女誘拐殺人事件』です」
「えーと、ちょっと待って」そう言うとノートを確認する。どこまでもアナログな部署だ。
「2002年5月の、なんだって?」
コントじゃないんだよ。「武蔵大和幼女誘拐殺人事件!」
「ああ、それね。ああ、あった。それ、今、企画課で見てるな」
「企画課?」
「なんか、過去の未解決事件を見直すみたいな。話だったな」
「わかりました。失礼します」
真加部は敬礼すると、さっさとその場を去ろうとする。
すると爺さんが真加部を止める。
「君、生活安全総務課って言ったよね」
真加部はギクッとする。妙に鋭いところのある爺さんだ。
「はい、そうです」
「生活安全総務課が、なんで殺人事件の資料を見たいわけ?」
「ええ、実は企画課から言われてたんです。もう取りに来ていたんですね」
「ああ、そういうことか」
「はい、すいません」と自分の頭をかわいく叩きながら、去っていく。
こんなところに長いは無用と、エレベータに飛び乗ると、13階に向かっていく。




