真加部への依頼
真加部探偵社。いつもの応接ソファだが、今日は征矢野が上座に座っている。桑原の指示を受けて真加部も進歩したのか。
征矢野は不思議そうに室内を見ている。探偵社とは思えない普通のアパートだ。
「西城から噂を聞いてきた」
「警察からの依頼?」
「いや、俺はもうこの事件に手を出せない。定年でな。刑事じゃない。だから、俺が自腹を切る」
「そうですか?」
「俺が昔携わった事件でな。犯人は未だに逃走中だ。それを見つけて欲しい」
「いつの事件?」
「平成14年、西暦だと2002年だ」
「23年前か」
「そうだ」
そういって、征矢野は武蔵大和幼女誘拐殺人事件の話を始める。
平成14年5月12日。当時5歳の横田みゆきが東村山市の緑地保護区、森の中で亡くなっていた。遺体は全裸で首を絞められて殺されていた。
発見したのは近所の男性で、早朝の犬の散歩中に発見した。普段、あまり人の出入りがない場所だったので、発見できたのは運が良かったかもしれない。
横田みゆきの捜索願は、前日の19時に武蔵村山署で受け取っている。小学校に上がったばかりのみゆきは、昼過ぎに帰宅後、友達と遊びに行くために出かけていく。場所は近所の公園だったらしいが、友達がいくら待ってもみゆきが来ないので、今日は用事が出来たのかと思ったらしい。それで友達は帰宅する。ちなみに横田夫婦は共働きで、みゆきを最後に見たのは当日の朝だ。
いつもは3時過ぎには家にいるはずのみゆきが、帰って来ないことで、母親が探し出す。友人や学校にも確認、周辺を探すが見つからない。そして夕方になって警察に届け出た。
遺体には大きな外傷は無かったが、いたずら目的だと判断できる痕跡はあった。そして決定的な証拠が出た。みゆきさんの爪から犯人の皮膚片が検出されたのだ。おそらく抵抗した際に、そうなったものと思われる。
そしてDNAから犯人が特定された。つまりは前科があった。佐橋馨当時17歳。それまでも非行歴があり、幼女にいたずらをして捕まってもいた。
佐橋は東村山市在住で、両親も健在だが、いわゆる放任主義だった。地元の高校を中退し、無職で引きこもりに近い状態だった。ただ、ずっと自宅にいるわけでもなく、日中、外をぶらぶらする姿を目撃されている。
佐橋は原チャリを使って、周辺を動きまわっていた。犯罪行為も多摩地区全般で発生していた。
DNA鑑定結果が出たのが、事件から2日後だった。ただ、警察は予め数人をリストアップはしていた。その中に佐橋もいたのだが、事件当日には姿を消してしまった。さらに彼のバイクも見つからなかった。おそらくバイクで逃亡したと思われるが、未だに行方がわかっていない。
一通り話終えた征矢野は出されたペットボトルのお茶を飲む。真加部探偵社もお茶を出すようになったのだ。
「一通りの捜査資料はここにある。殆どがコピーだ。本物は本庁の倉庫に眠ってる。それと俺のメモも付けてある」
真加部は厚さ5㎝はある、茶封筒に入った資料を受け取る。中身を確認しながら真加部が質問する。
「バイクの型式はわかってるのか?」
「ああ、JOGだ。当時の一番人気車種だな。資料も付けてある」
資料の中からその写真を見つける。青色のバイクだ。
「バイクの目撃情報はあるにはあるが、それが佐橋とは結び付いていない。当時はどこでも同じ車種が走っていた、人気のバイクで、特定できなかった」
「犯行前後の犯人の目撃情報はあったのか?」
「犯行時間は13時から14時の間になる。その時間に佐橋とマル被(被害者)の接触情報は1件だけあった。それも遠くからの後ろ姿ではっきりしない。ただ、周辺をやつのバイクが走っていたという話はある。それも証言記録で残ってる」
資料を見ながら真加部が言う。
「1件あったという証言者の名前がないな」
「個人情報だ。ここにある資料にはない。必要か?」
「再確認したい場合は、征矢野さんに聞けばいいのか?」
「わかる範囲では答えられる」
「わかった。ちょっと資料を確認してから、必要なら話をする。それと当時、防犯カメラはまだ、無かったのか?」
「ちょうど過渡期になる。徐々に増えてきてはいるが、コンビニや商業施設にはあったが、今のように全体を網羅できるほどはなかった。特にこの地域には無かった」
「つまり、そういった画像解析はできなかったということか?」
「そういうことになる」
「当時はどういう捜査方針だったんだ?どこ方面に逃げたとか、犯人の行きそうな場所の
見当はついていたのか?」
「土地勘もあって、動くとすれば多摩周辺だと睨んでいた。ただ、鑑定結果が出てからの捜査になるので遅れもあったな。本格的な捜索は逮捕状が出た二日後からになる」
真加部が資料に目を止めてじっと動かなくなる。
横田みゆきの写真だった。
「小学校の入学写真だ」征矢野が言う。
確かに正門わきに小学校の名前とうれしそうに微笑む彼女がいた。真加部の眉間にしわが寄る。
「人が人を殺すのにどんな感情があるのかな」独り言のようにつぶやく。
征矢野がじっと考える。彼も同じように思ったことがあるのかもしれない。
「そういった感情があるのはわかる。ただ、こんないたいけな子供を殺す動機はわからない」
真加部がうなづく。
そして資料をめくっていく。
「これが佐橋か」
佐橋の写真は高校入学の頃の写真なのか、学生服を着ている。見た感じは普通の高校生に見える。
「そうだ。犯罪を犯しそうには見えないだろ」
「今の佐橋を予測した画像は作ったのか?」
「あることにはある。資料にも加えといた。最後の方だ」
真加部が資料をめくっていく。
「本庁のほうで参考に作った。両親の写真も参考にした疑似的なものだ」
そこに40歳になった犯人の推定画像があった。やはりどこか作られた感が漂う。
「当時の佐橋の写真がもっと欲しいな。うちのプログラマーが最新のAI画像で作り直したい」
「わかった。あるだけ探してみる」
「よろしく」
真加部の頭脳が働く。
「通常の人探しの場合、概ね10万円が相場なんだ。ただ、この案件だと犯人の居場所を特定する範囲が不明だ。一応、20万円ではやれると思うが、場合によってはもう少し経費がかかるかもしれない」
「構わない。俺は退職金が出たばかりだ。どうせ飲み代に消える。いくらでも構わない」
「大丈夫だ。そんなにはかからないし、うちは経費以上に請求はしない。それと間違いなく佐橋を見つける。真加部探偵社の成功率は100%だ」
征矢野が今日初めて笑顔を見せる。
「ああ、頼んだぞ」
征矢野が帰って、いつものようにパクが顔を出す。
「阿礼、また、面倒な依頼だな」
真加部は考え込んでいる。
「20年以上前だと、俺たちが生まれた頃じゃないか」
「そうだな」
「そんなころにも幼児好きの変態野郎がいたのか」
「そういうことだな。まあ、こういう事件は無くならない」
「幼女への偏愛というものは、古代からあったらしいな。小さくてかわいらしいものへのあこがれとでもいうのかな」
「昔は野放しだった。法的に規制されたのは20世紀になってからだ」
「まったく許せないな」
真加部は再び考え込む。




