征矢野達也
暴対法施行以降は、暴力団による、みかじめの請求などの事案は減ってきたが、それでもあの手この手で新たな犯罪を考え出してくる。暴力団と半グレの境界線もあいまいになり、次々と新たな金策を考え出していく。
目先を変えた新たな特殊詐欺や、SNSを利用した犯罪を次々に起こす。警察も対策を講じるが、さらにその上を行く詐欺を考えてくる。まったくいたちごっこである。
江古田警察署の西城たちは、地道に地元の飲食店などを回り、そういった犯罪行為がないかを注視している。こういった活動は地域住民とのコミュニケーションを深める意味でも重要だ。
ただ、西城にとっては駒込と回る場合、飲食店従業員、特に女性が駒込に食いついて来るので、それがやっかいである。先日も週刊誌が駒込の取材に来るし、テレビ局からも同じような申し込みがあった。人寄せパンダとしては必要なポジションかもしれないが、あまりに騒がれると仕事に差し支える。そういう意味では西城が防波堤になってそういったファンをさばいている。女性陣によると単なる邪魔ともいう。
署に戻ろうとしたところで、駒込が西城に話をする。
「西城さん、この動画知ってますか?」
そういって駒込がスマホを見せる。
「また、マッチングなんとかか?」
「SNS上に上げられた動画なんですが」
西城がその動画を見る。
小さい画像なのではっきりとしないが、電車の中のようだ。女性らしき人物が開けた窓から外に飛び出していく。電車は走行中のようだ。まるで跳び箱を飛ぶような簡単な動作であっけなく外にとびだして行った。見る人にとってはCGのように見えるだろう。
「これ、阿礼じゃないか?」
「多分、そうです」
「まったくあいつは、何やってるんだ」
「しかし、ほんとにすごい人ですね」
「人間離れしてるからな」
駒込はさかんに感心している。
一通り、管内を周り終えて署に戻って来る。
入口付近にいた婦警が西城に声を掛ける。
「西城さん、お客様です。席でお待ちです」
「そうか、誰だ?」
「征矢野さんとおっしゃってました」
「ああ、征矢野さんか」
駒込が聞く。「どなたですか?」
「元の同僚というか、大先輩だな。今の俺とゴミの関係だ」
「なるほど」
3階の自室に戻ると、西城の席付近で何人かと談笑中の男がいた。
「征矢野さん」
「おお、賢二、久しぶり」
「すみません。ご無沙汰してました。今日はどうしました」
「ああ、実は俺も定年でな」
「え、そうでしたか」
征矢野はやせぎすで短髪だが、上部は薄くなっており、顔には長年の刑事生活のせいか皺が多く、年齢を感じさせる。
「あいさつ回りだよ。しかし、あっという間に61歳だ」警部補の定年年齢は61歳である。
「俺もあと10年ですよ」
「そうか」
「征矢野さん立ち話も何ですから、そちらに座ってください」
西城は応接室へ案内する。
席に座った征矢野が話す。
「ここも変わったな。知ってる顔が少なくなった」
「征矢野さん、今はあきる野警察署でしたか?」
「そうだ。捜査一課からあきる野に行って、いよいよ最後だ」
駒込が話に加わる。
「今、西城さんと組んでいます駒込と申します」
「うん、賢二から聞いてる。有望株なんだって」
駒込は嬉しそうな顔をする。
「いえ、まだまだです。あの一課におられたんですか?」
「10年ぐらい前だけどな」
駒込は憧れの顔で征矢野を見る。西城が聞く。
「これからはどうされるんですか?」
「嘱託で働くよ。独身だしな。年金は65歳からだから」
「あきる野でですか?」
「そうだな」
中年二人と若者一人で会話が続いていく。
駒込が質問する。
「お二人はどちらで一緒だったんですか?」
西城が話す。「武蔵大和署だ。今から20年ぐらい前だな。俺が刑事になりたてのころだよ」
「まだ、西城も若かったな。駒込さんよりもいい男だったぞ」
「そんなわけありませんよ」西城が笑う。「体形は変わったけど顔は同じですから」
笑いながら征矢野が遠い目をする。それに気づいた西城がぽつりと話す。
「征矢野さんは例の事件をまだ気にされてるんですか?」
「まあな。忘れられない」
駒込が興味津々で二人の話を待つ。
「ゴミも知ってる事件だ。いまだに指名手配の写真が張り出されてるだろ」
駒込が記憶をたどる。武蔵大和署で指名手配犯。それで気付く。
「武蔵大和幼女誘拐殺人事件ですか」
「ああ、容疑者は佐橋馨。今生きてれば40歳だ」
「いまだに見つかってないんですよね」
武蔵大和幼女誘拐殺人事件は2002年に起きた事件で、当時5歳の横田みゆきちゃんが死体で発見された事件だ。容疑者として当時17歳の佐橋が浮上し、捜査の結果、DNA型が一致。逮捕状も出されたが、逮捕前に容疑者が逃走、今もって行方がわかっていない。
「どこかにいるはずなんだ」
「ええ」
容疑者が特定されるも、いまだに逃走を続けている事件はそれなりにある。そういった事件については、交番や警察署に顔写真入りで捜索協力を求めている。最近では連続企業爆破事件の桐島容疑者が55年間も逃走し、死の直前に見つかった例もある。事件は年数を重ねると、さらに発見しづらくなる。人々の関心も薄れてくるようだ。
何の気なしに駒込が言う。
「真加部に頼んでみたら、いいんじゃないかな」
西城がぎょっとする。征矢野は不思議そうな顔で質問する。
「誰だ。真加部って?」
西城が取りなす。
「いやあ、探偵なんですよ。この近くにいる」
「探偵?」
「ええ、まあ、うちでも使うことはあるんですがね」
征矢野はそれなりに興味を示す。
「それがどういう?」
駒込が追い打ちを変える。
「真加部探偵社は100%の成功率なんですよ。人探しも含めて」
征矢野は話半分という姿勢で聞いている。西城も続ける。
「まあ実際、そうなんですよ。確かに依頼された調査は間違いなく、こなしてくれるんでうちも使ってるんです」
征矢野は少し考えている。そうして話し出す。
「もし、本当にそうなら頼んでみたいな。連絡先はわかるのか?」
「ええ、わかります」
こうして真加部探偵社に依頼が来ることになった。




