桑原力
第4章になります。
今度は行方不明の逃亡者の行方を探る案件になります。
阿礼が23年前の幼女殺人事件の犯人の行方を捜します。
真加部探偵社。今日の真加部は珍しく、下座のソファに腰を降ろしている。そして上座に座るのは老齢の男性だ。名前を桑原力という。
「確定申告資料を作成しました」
「はい、ありがとうございます」何故か殊勝な態度で答える。
「ただ、気を付けてください。費目として成り立たないものが多すぎる」
真加部は上目遣いで桑原を見る。
「タイに行ってましたよね。これは旅行だと聞いてます」
「はい」
「それなのに旅費の申告やら、宿泊費を載せてます」
「ああ、それは視察目的で」
「探偵が何の視察ですか?」
「ほら、政治家も良く行くじゃないですか。海外旅行を視察と称して遊びに行くみたいな」
「はあ、貴方は政治家じゃないでしょ」
「まあ、そうですけど」
「それにこの忙しい時期に海外旅行とは何だったんですかね。いくつか仕事もキャンセルしたようですしね」
「まあ」
この桑原は文伍の時代から真加部探偵社御用達の税理士である。確定申告はもちろんのこと、税金対応、財務・労務管理、帳簿作成なども行っている。そして文伍とは中学、高校の同級生である。いわゆる竹馬の友というやつである。文伍亡き後は実質の保護者として、真加部たちの面倒を見ている。
「あとは備品の購入ですか。このドローンなんて何に使ったんですか?」
「それは尾行用です」
桑原の目が光る。
「ひょっとして、許可なく市街地で、ドローンを飛ばしたりしなかったでしょうね」
真加部は冷や汗をかく。「もちろんです。許可は取ってます」嘘八百だ。
「それならいいですけど。とにかく、それでなくても探偵業は違法性を疑われることが多い職業です。そういった点には十分気を付けてください」
「はい」
「それと老婆心ながら申し上げます」
「ろうばしん?」
「ああ、年寄りが若いものに忠告するという意味です」
「年寄りの冷や水?」
「全然、違います。まあ、いい。阿礼さんは日本語は勉強中でしたね。探偵としての心構えといいますか。依頼主はお客様です。そこは理解できますよね」
「文伍もそう言ってた」
「つまり、お客様には敬語を使ったり、上座を譲ったりするんですよ」
「はあ」再び真加部は上目遣いになる。
「先ほども私が上座に座る前に、貴方が座ろうとしましたね」
「ああ、こういう席にも順番があるのか」
「ええ、多分、文伍さんもそう教えていたはずですよ」
「日本は難しいんだよ。上座とか下手とか」
「確かにそれはわかりますけど、年配の方だとそういう点も気にされる人は多いです」
「わかりました。勉強します」
「それと依頼主にはお茶ぐらい出しなさい」
今日も桑原にお茶など出していない。
「ああ、そんなものですか」
「ペットボトルでいいですから、冷蔵庫も買ってお茶も買っておく。それは経費で落ちます」
「わかりました」
「阿礼さんは頭がいいんですから、色々覚えて行けば大丈夫だと思ってますけどね」
桑原は資料を片付けながら、真加部に聞く。
「パクさんとは仲良くされてますか?」
「もちろんだよ。いつも一緒に飯を食ったりしてるよ」
「そうですか。彼女もかわいそうな身の上です。二人仲良くしてくださいね」
桑原は優しい顔で聞く。
「このところ、探偵社も順調に仕事を増やしてますね。文伍も喜んでるでしょう」
真加部もうれしそうにうなずく。
「ちゃんと貯金してくださいね」
「大丈夫だよ。文伍との約束だから」
「仕事も選り好みしないで依頼が何であれ、しっかりと応えることです」
「大丈夫だ。それも文伍との約束だ」
「それと何かあったら遠慮なく私に相談しなさい。プライベートなことでもなんでも構いませんからね」
「わかった」
「じゃあ、私は帰ります」
「あ、駅まで送っていくよ」
桑原は鞄に荷物を入れながら笑顔で話す。
「大丈夫です。まだまだ若いですから、一人で行けますよ」
そう言いながら、文伍と同級生の老人は探偵社を後にする。
奥の部屋からいつものようにパクが顔を出す。
「阿礼は桑原に頭が上がらないな」真加部は困ったような嬉しい様な複雑な顔をする。「わかるぞ。年寄りはいたわらないとな。あと、阿礼が敬語を使わないのは文伍の真似をしてるからだろ」
真加部は返事をしないで、じっとパクを見る。
「阿礼の話し方は文伍にそっくりだ」
パクは笑顔で部屋に引っ込んでいく。
真加部がつぶやく。
「文伍のまねか」




