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浮気相手

 真加部は調査を完了し、報告書を作成した。連絡すると、しおりはすぐに来るということで、探偵社で待つことになった。

 探偵社のチャイムが鳴り、扉を開けると顔色の冴えないしおりがいた。

「はいって」真加部が案内する。

 ソファに座るのももどかしい、しおりが真加部に言う。

「それで浮気相手はわかったんですか?」

「わかった」そういって真加部は報告書を出す。

「昨晩、徳則さんは三鷹台駅から徒歩15分の場所に行っている。住所はこちらだ」

 しおりが報告書を確認する。

「この住所に思い当たる点はあるか?」

 少し考えて首を振る。「いえ、特には」

「そうか」何となく真加部は寂しそうだ。「この場所、一軒家だが、そこで徳則氏と相手の女性が密会していた」

 しおりの目が厳しくなる。

「相手の名前は神林裕子さん、こちらの女性だ」

 真加部はそう言って昨晩、望遠カメラで撮影した写真を見せる。

 しおりが驚く。「え、どういうことです」

「俺もどういうことかと思って、もうその場で確認したんだ」

 写真の女性は白髪頭で年の頃は80歳ぐらいに見える。

「それで、本人が自分で説明したいそうだ」

 真加部が振り返ると、奥の部屋から徳則が申し訳なさそうな顔をして現れた。

 しおりが気色ばんで叫ぶ。「あなた」

「しおり、誤解なんだ」

「どういうこと?」

 真加部が引き継ぐ。

「この神林裕子と言う女性は徳則さんの母親だ」

 

 そして当の徳則が説明する。

 徳則は幼い頃に母親を亡くし、以降は父親と暮らす、いわゆる父子家庭だった。

 幼少期は三鷹台の家に住んでおり、その隣に神林さん夫婦が住んでいた。母親のいない徳則は神林さんに懐いており、裕子さんも自分の子供のように接してくれていた。

 裕子さん夫婦には子供がいなかった。それもあってか、徳則は何かあると父親ではなく、裕子さんに相談するぐらいの信頼を置いていた。

 徳則の父親は彼が社会人になった翌年他界した。徳則は実家を出て、警察寮に住むことになる。徳則にとって裕子さんは母親で、それから事あるごとに交流もあった。

 そして徳則が結婚するという。

 徳則は母親としてしおりさんに紹介したいと言ったが、裕子さんは固辞した。自分は母親ではない。たんなる近所のおばさんだという。それとしおりさんは徳則に親がいない点を好ましく思っていると聞いた。

 それもあって徳則は裕子さんを紹介しなかった。裕子さんもその点を気にかけ、あまり頻繁に会うのは避けていた。

 ところが、ここにきて状況が変わってきた。

 裕子さんの御主人は3年前に亡くなり、以降は一人暮らしをしていたが、昨年、ふとした事故で背骨を骨折してしまった。それが引き金となり、少しづつ認知症の症状も出てきた。ヘルパーをお願いして生活は出来ていたが、いよいよここに来てそれも苦しくなってきた。

 徳則はそれを見かねて、裕子さんに手を差し伸べたが、やはり彼女は固辞する。ただ、それもままならない事態となり、彼女の方から家の処分と施設に入居することを望んだのだ。

 このところ徳則が、残業や休日出勤だと嘘を言っていたのは、この手続きがあったからだ。


 一通り話を聞き終えたしおりが話す。

「そうだったの」

「申し訳ない。誤解させるようなことになってしまって」

「わかったけど、でも実の親じゃないんだよね」

 徳則は困った顔をする。ところがこの発言に真加部が血相を変えた。

「実の親じゃないってなんだよ。血がつながらないことなんか、関係ない!」

 しおりどころか、徳則までも驚く剣幕だ。

「いいか、子供が親を想うのは自然な当たり前の感情だ。その子にとっての親なら血縁関係なんかどうでもいい」

 しおりがしゅんとする。

「真加部さん、やっぱり僕が悪いんです。ちゃんとしおりに説明しなかった。裕子さんの気持ちに甘えていた。真加部さんが言うように、裕子さんは僕の母親なんです。これから、しおりにわかってもらえるように努力します」

 しおりが小さくうなずいた。

 真加部が言う。

「裕子さんは徳則のお母さんだ。それをわかってほしい」

 しおりははっきりとうなずいた。


 二人が帰って行く。

 真加部は相変わらず真っ赤な顔で憤慨していた。

 奥の部屋からパクが顔を出す。

「何か、ずいぶん怒ってたな」

 真加部は返事しない。

「阿礼、文伍のことを思ったのか?」

「文伍は俺の父親だ」

「血がつながらなくてもな」

「うるさい!」

 パクは奥の部屋に引っ込んでから、再び顔を出す。

「徳則は俺たちの尾行には気づかなかったんだろ?」

「まあな。でもそれ以前の尾行には気づいていたそうだ。大方、企業がらみの探偵だと思ったらしい」

「なるほどな。それで執拗に撒いたわけだ。阿礼、ラーメン食うか」

 そういってカップラーメンを差し出す。

 真加部はそれを素直に受け取る。

「普通は双葉のラーメン食うかっって聞くもんだろ」

「私には仕送りがあるからな」

 パクは笑顔で再び部屋に戻っていく。

 真加部は遠い目をして何かを想っていた。

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