面会相手
組織犯罪対策課の朝礼が終わり、各自、席に戻って来る。
西城はどこか誇らしげである。
相棒の駒込が声を掛ける。「西城さん、やりましたね」
「まあな」
西城は例の貴金属店拉致監禁事件を解決に導いたことで、署長からお褒めの言葉と金一封をゲットしていた。本当は真加部のお手柄なのだが、それは駒込しか知らぬことだ。その駒込は西城から根回し(買収)されていた。
拉致監禁事件の黒幕は、区内の高校三年生で、ネットを使った巧妙な詐欺事件だった。踊らされていたのは多摩在住のフリーター28歳で、10歳も年下の高校生に手玉に取られていたわけだ。犯人はトレーディングカード欲しさに、まさにゲーム感覚での事件だった。
「それにしても、真加部って何者なんですか?」
「真加部ね。知り合ったのは一昨年かな。あの場所で探偵社を始めたんだ」
「へー」
「最初は真加部の親父さん、文伍って言うんだけど、彼と一緒に始めた。阿礼はその相棒って形でね。あとはあの不思議な外国人も一緒にな。その文伍さんが亡くなって、阿礼が引き継いだ形だ」
「なんか得体が知れないんですよね。阿礼って。あの蝙蝠女の話はほんとなんですか」
「あいつならやりかねんな」
「まじですか、いったいどういうやつなんです」
「俺も詳しくは知らないんだが、文伍と阿礼は、二人ともアメリカにいたらしい。なんて言ったかな、軍事関係の会社だ」
「軍事って?」
「アメリカだとそういったビジネスがあるらしいんだよ。傭兵を派遣したり、警備したりする民間の軍事会社だ。ロシアでもあっただろ、ワグネルとか」
「モノホンじゃないですか」
「そうなんだ。阿礼は本物の兵士だったみたいだ。俺が阿礼を最初に知ったのは、ここいらにいた半グレ、クルーズっていただろ」
「ああ、暴力団の下請けみたいな連中ですね」
「そいつらを阿礼が伸したんだ」
「のした?」
「それも一人じゃない。全部で8人だ」
「まじっすか」
「駅前のコンビニで喧嘩してるって連絡が入って、行ってみたら8人がのされて、うなっててな」
「阿礼はいなくなってた」
「そうなんだ。で、そこの店主に話を聞いたら、どうもコンビニ前にいた爺さん、浮浪者に毛が生えたようなおっさんが、酒かなんか飲んでてな。半グレ連中がいじってたみたいだよ。段々、度が過ぎてきて、暴行まがいになってた。店主も警察に連絡しようかって時に阿礼が通りかかってさ」
駒込は話に聞き入っている。
「一瞬だったらしいよ。8人が次々にのされていくんだって、阿礼はまったくノーダメージだと」
「マジですか?」
「そうらしい。その場にいた連中もみんな唖然としていたから、間違いないんだろうな。被害届も出なかったので、そのままにしたよ。それでその後、一応、阿礼のところに聞き取りにいったんだ」
「まあ、警察の役目ですね」
「その時に文伍さんと知り合って、気のいいおじさんなんだよ。傭兵上がりとは思えない。その人が阿礼と一緒に謝ってくれてな。阿礼も渋々謝る感じだったな」
「阿礼は大丈夫だったんですか?半グレって執念深いでしょ」
「どうだろ。実際のところはわからんが、来たって返り討ちがおちだろ。実際、クルーズがどうこうした話は出ていない」
「そうですか」駒込は増々感心している。
「それからかな。探偵だっていうんで情報をもらったりして、色々交流が出来た」
「へー」
「阿礼が言うようにあいつの仕事は正確だよ。成功率100%って言うのもあながち嘘じゃない」
「成功率100%」
「それもあってな。色々目をつぶる部分はつぶってやってるんだ」
「違法行為ですか?」
「違法はだめだぞ。限りなくグレーなゾーンについてだな」
「へー」
駒込の後ろから彼の肩をたたく人間がいる。駒込が振り返ってぎょっとする。
「あ、真加部さん」
そこに真加部阿礼がいた。西城もびっくりしている。
「お前、いつからいた?」
「ちょっと前からかな。なんか面白そうな話をしてるみたいだったから、聞いてた。噂話ってやつだな」
駒込は増々得体が知れないと思う。
阿礼が言う。「ゴミ、ちょっといいか?」
駒込は自分の事かと、確認のために人差し指を自分の顔に当てる。
阿礼は返事もせずに歩いて行く。仕方なく駒込が後を追う。
刑事部屋を出て、すぐのところに休憩室がある。ベンディングマシンと椅子が置いてあるだけだ。阿礼がそこに座って待っている。禁煙のはずだが、何故か煙草の匂いがする。ここにたむろってる警察官は喫煙者が多いせいだろうか。
「何ですか?」
「お前、男と付き合ってるのか?」
「はあ、何のことです?」
「昨日のことだよ」
「昨日?」駒込が記憶を呼び覚ます。「えーと、先輩には会いましたよ」
「先輩?浮気相手じゃないのか」
「何のことです。大学の先輩と会ってましたよ」
「二宮徳則ってゴミの先輩なのか?」
「ゴミはやめてください。駒込です。ええ、そうです。大学の部活のOBです」
「お前、大卒なんだ」
「私大ですけどね」
「部活って何だった?」
「柔道部ですよ。一応、黒帯です」
「黒帯って何だ」
「ああ、初段以降は黒帯を締めるんです。級の上が段です」
「つまりはそこそこ強いってことなんだな」
「ええ、まあ、そういうことです。ちなみに二宮先輩は、4段で大会でも優勝経験がありますよ」
「それはすごいな。ああ、話を戻そう。つまりは駒込とはBL関係ではないということだな」
「そうですよ。僕も先輩もそういうんじゃありません」
「じゃあ、なんで会ってたんだ」
駒込は気づく。「先輩を尾行してたんですか?」
「仕事のことは言えないな」
「しかし、よく尾行できましたね」
「どういう意味だ」
「あの人は尾行する側ですよ」
「日本データバンクの調査員だろ」
「知ってるんですね。でも、それは転職後です。元は公安にいたんです」
「公安?」
「外事2課です」
「外事2課だと中国スパイの取り締まりか」
「そうです。先輩はやり手で、逮捕者も何人か出してます。2課のエースだったみたいです」
「そういうわけか」
「僕は先輩の勧めで警察官になったぐらいですから」
「そういや駒込って何歳?」
「26歳です」
「ああ、そうか。俺より3歳も年上か」
「阿礼さんって23歳ですか」
「そうだよ。ああ、阿礼でいい」
「もっと若いかと思ってましたよ」
「それは幼いって意味か?」
阿礼が睨むので、駒込は口ごもる。
「単刀直入に聞くけど、二宮って浮気してるのか?」
「先輩がですか、いや、それは無いと思いますよ」
そう言いながら阿礼が何をしているかに気づく。
「前にそういう疑いをかけられたことはありましたよ。でもあれは誤解なんですよ。相手は公安時代の同僚だったらしいんですけど、色々相談に乗ってたら、彼女の方が勘違いしてそういう仲だと思い込んだみたいです。ああ、もちろんそういう関係じゃなかったんですよ。それで一方的に言い寄られてしまって。そういう部分は苦手な人なんです」
「話を聞くと、柔道部のくせに男っぽくない気がする」
「優しい人なんですよ」駒込は思いつめた顔をする。「奥さんが疑ってるんですか?」
「さあな」
「まったく無いと言い切れませんが、先輩に限ってそんなことは無いと信じたいですね」
「ふーん」
阿礼は何か考え事をしている。
そこに西城が顔を出す。
「阿礼、ゴミに用か?」
「ちょっとな」西城が近くに来たので阿礼が気付く。
「西城、たばこ吸ってるな?」
「ああ、喫煙者だからな」
「そうじゃない。ここで吸ってるだろ」
西城はバツの悪そうな顔をして「ああ、夜だよ。夜だけ。人のいない時間だ。俺だけじゃないぞ。どうしてわかった?」
「ここと同じ匂いがする」
西城は自分の体の匂いを嗅ぐ。特に臭いは感じない。
「署内は禁煙だぞ」
「わかってるんだけどな」西城は頭を?く。
阿礼は駒込に聞く。
「二宮は公安を何で辞めたんだ?」
「忙しすぎたんですかね。警察官って、事件が起きると予定なんか立てられないですから。先輩の実力だと民間でも十分やっていけますから、実際給料も上がったそうです」
「結婚はどういういきさつだったんだ?」
「マッチングアプリだって聞きましたよ」
「そうか、やっぱ忙しかったんだな」
西城が質問する。「そのマッチングって何だ」
「そういうアプリがあるんです。つまり気に入った男女を結び付けてくれる」
駒込がスマホ音痴の西城に説明を始める。昭和と平成の会話を背中で聞きながら、阿礼は仕事は済んだとばかりに、そこを後にする。さてどうするか。




